何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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Last winner〈第二部〜その7〉「いとしのカリー」
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2008年に発行されたバラックの伝記を持って待機しているファン。その本にサインしてもらおうという意図なんだろう。その隣には、チェルシーの応援フラッグを持っているファンが。

そうこうしているうちに、あらかた選手が到着し終えたのだろう。テレビスタッフが玄関前にカメラを運び、インタビューの準備を始めた。レポーターの女性がドアの前に立ってスタンバイ。この女性はカメラテストの間中、ずっとしかめっつらをしていた。
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しかしホテルからレーヴ、続いてカルムントが出てきたらニコニコとインタビューを開始。ちなみに二人一緒のインタビューではなく、一人ずつ別々。インタビューを受けている時間は若干レーヴの方が長かった。
にしてもドイツのテレビレポーターって、VIPにインタビューする時もこういうラフな服装でOKなんですね。

リアルタイム旅行記にも書いたけれど、レーヴとカルムントでは明らかに、ファンからの歓声の種類が違った。レーヴへは「ヨギー!」、カルムントへは「カリー!」とみんな愛称で呼びかけるんだけど、その声のトーンが明らかに違う。例えるならレーヴへは二枚目俳優へ向けるような歓声が、カルムントにはお笑い芸人へ向ける歓声のような感じ。
で、私はどうだったかというと、もちろんカルムントを生で見た時の方がトキメキましたがな(笑)。
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群衆の背中の隙間から、インタビューを受けるカリーの横顔をキャッチ。手前に写っているのは、初めに紹介した、ファンが持っているバラックの伝記本。

インタビューが終わり、VIPたちがホテル内に戻ると、次に登場したのは二台のバス。これに選手たちが乗り込んで、スタジアムに向かうというわけだ。
もちろんこのバスもあっという間にファンに取り囲まれた。


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バスに向けてカメラを構えるお嬢さんたち。その様子を、バスに乗り込んだ関係者らしきおじさんが逆に運転席から撮影していた。

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なんと、バスを先導するポリスカーまで登場。ホテルからスタジアムまでは車で5分ほどの距離なのに、どんだけ慎重なんだって感じ。オープンカーに乗っての優勝パレードじゃあるまいし、熱狂的ファンがバスを襲う可能性があるとでもいうのだろうか。
にしては、運転席のポリスマンはちょっと退屈そうでした。

さてこの頃になると、私もこの賑わいを楽しみつつ、そろそろ「早くスタジアムに行かなきゃ」という焦りが強くなってきた。時計を見ると、もう6時半。試合開始まで1時間半しかない。
スタジアムまでは徒歩20分くらいで行けるとはいえ、入場ゲートは混んでるだろうし、スムーズに座席につけるとは限らない。だから早く行かないと、試合前の練習が見られない……。でも、ここまできたら、選手たちがバスに乗り込むところも見たいというジレンマ。この時ばかりは、自分の体が2つほしかった!ホテル前で出待ちしてる自分と、スタジアムに行く自分と、一つずつ。
だがそんなことは不可能なので、後ろ髪を引かれる思いで、グランドホテルを後にした。

いったん自分のホテルに戻ってコンタクトレンズを装着しようと急ぐ私。その道の途中のカフェでも、バラックユニを着た2人組を見つけた。片方は代表ユニ、もう片方はチェルシーユニ。二種類のユニが混在しているのが、バラックの引退試合ならではの光景って感じ。
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足早にホテルに到着し、焦る気持ちを押さえつつ、洗面室の鏡前でコンタクトレンズをつける。だがここで奇跡が起こった! 私はコンタクトをつけるのが下手で、いつも軽く5回くらいは目に入れようとして失敗、を繰り返すんだけど、この時は両目とも「一回で」すんなり装着できたのだ。なんという奇跡。
入場チケットは持ってるか、寒くなった時にはおるジャンパーはあるかなど、もう一度持ち物チェックをしてから、いざホテルを出発。すでに7時になろうとしていたが、空はまだまだ明るかった。


……「せめて今年中に引退試合の記事だけでもupしたい」と書き始めたものの、書くことが多すぎて、スタジアムに到着するまでに今年が終わりそうなんですが
前途多難だけど、とりあえず〈8〉に続く!
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Last winner〈第二部〜その6〉「アンドリュー・シェフチェンコ!」
出待ちに参加してから、約30分ほど経っただろうか。ガードマンたちがファンの群れをかきわけ、玄関前に車が停まれるスペースをつくった。黒服でキメた案内役の人たちもその前に陣取り、VIPを迎える準備は完了。
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ホテル前でファンたちが二列に分かれ、VIPを待ち構える。まるで花道。

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窓にスモークフィルムを貼った車が到着するたびにファンがわっと色めき立ち、その車を取り囲んだ。もちろんガードマンたちがファンを選手に近づけないよう制止するが、そのガードマンの腕の隙間からノートを差し出し、サインをもらっている人多数。とにかくすごい熱気だった。

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さっき路上で見た「Ciao MB」カーも颯爽と到着。

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私は人だかりの後ろにいたので(さらに背も低いので)、車から降りる選手たちの顔は背伸びしてもなかなか見れず、写真も撮れなかった。代わりに、翌日の地元新聞の記事をup。
(上列左から時計回りに)ボリス・ベッカー、モウリーニョ、ラーム、クローゼ、カルムント(なぜかこの人だけ食事風景)、バラックにサインしてもらった引退試合のチケットを見せる幸運な韓国人ファン、メルテザッカー、バラック。

上の写真のVIPたちの到着を、私が全てリアルタイムで見れたわけではない。私がかろうじて見れたのは、ラーム、シュールレ、シェフチェンコたち。このうち、シェフチェンコがガードマンに守られてホテルに入っていった後、残ったガードマンが嬉しそうに「アンドリュー・シェフチェンコ!」とコールしたのが印象的だった。彼は個人的にシェフチェンコのファンだったのかも。
その一方で、ちょっとかわいそうな選手もいた。黒人選手で、たぶんドイツではそんなに知名度がないのだろう。車が停まった時にみんながわっと周りを囲んだが、出てきた選手を見て「……だれ?」という空気が流れ、そのまま誰もサインを頼まず、サーッと熱気の波がひいていった。その選手もちょっと苦笑しながらホテルに入っていった。あれはちょっと気の毒だった。

かと思えば、選手でもないのに、やたらファンから注目を浴びた車があった。
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出ました、「WM2006」ナンバーのベンツ。そういえば2006年ドイツW杯のとき、車のナンバーを「WM2006」にした選手がいたっけ、と懐かしく思い出す。あの頃のドイツのお祭りムードが、このナンバーを見て一気によみがえった。
……ただ、肝心の、この車から出てきた選手が誰だったかは人混みに遮られて見えなかった。アカンやん。


WM2006カーのアップ。もちろん窓にはスモークフィルム。

〈7〉に続く
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Last winner〈第二部〜その5〉「最後のユニフォーム」
出待ちしている人の中には、バラックユニを着ている人が少なくなかった。が、レヴァークーゼンユニを着ているのは私だけで、他はほとんどが代表ユニだったと思う。
中でも目立っていたのが、2010年W杯の代表ユニだ。
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スタジアムでも、この2010年W杯仕様のバラックユニを着ている人を多く見かけた。W杯本番では着ることがかなわなかった無念のユニであり、結果的にバラック最後の代表ユニとなったこのユニを着た人が多かったことは、ちょっと意外だった。どちらかというと切ない思い出の方が色濃いユニなのに。でも、だからこそ、ファンの思い入れが強いのかもしれない。これを着てW杯を応援しようと思っていたのにそれがかなわず、結局二度と着る機会がなかったユニだからこそ、この機会にもう一度着たい。そんな思いが込められているのかも。
……などと推測してみたけれど、実はただ単に、今、新品で買えるバラックの代表ユニはこのバージョンだけという、物理的な理由かもしれない。



時間の経過とともに、人だかりは次第に大きくなっていった。道を通り過ぎる人たちは、初めは「この人だかりは何ごと?」とびっくりした顔で立ち止まるが、すぐ次の瞬間には「ああ、引退試合ね」と納得し、笑顔を見せて歩き去る。なんというか、街の人たちみんなが、ライプツィヒのお祭りを微笑ましく見守っている感じ。

そんななか、ちょっと気の毒だったのは、グランドホテルに宿泊しようとする一般客だ。なんせ格式高いホテルだから、タクシーでやってくるお客ばかりなんだけど、この人だかりのため、玄関前までたどりつけない。タクシーの運転手も乗客も「おいおい、これは何ごとだよ」という顔で、窓から顔を出して人だかりを見やっている。そこへタキシードに山高帽をかぶったホテルのドアマンが駆けつけて、事情を説明し、その場で車から降りてもらって、人混みをかきわけてスーツケースをホテルまで運んでいた。

高級ホテルのドアマンってこういうこともあるから大変だなあと思いながら見ていると、後ろの方から「すごい人だかりねえ」と日本語が聞こえてきた。見ると、上品な雰囲気の初老のご夫婦が、人ごみを前に戸惑っていた。スーツケースを持っていることから、このホテルに入ろうとしているらしい。
私が「すごいですよね」と話しかけると、奥様の方が「本当に。何かあるんですか?」と聞き返してきた。
「今日はバラックの……ミヒャエル・バラックの引退試合があるんです。出場選手たちはこのホテルに泊まってて、それでみんな選手を待ってるんですよ」
私は意気揚々と答えたが、奥様はやや戸惑った顔で、
「それは……サッカー選手なんですか?」
これがごく一般的な日本人の反応である。まだこの奥様は「ドイツだからサッカー選手なんだろう」と気づくのだから察しがいい方だ。普通は、街で出会った日本人にバラックうんぬんと言ってもまず分からないと普段は理解してるはずなのに、この時ばかりは平気でそう説明した。つまり自分でも気づかないうちに、周囲のお祭りムードに飲まれてテンションが高くなっていて、「誰もがバラックを知ってるはず」と勘違いしたのだろう。
「今日はここに泊まるんですか?」
「そうなんですよ」
「それはラッキーですね!」と私は反射的に答えたが、ちょっと冷静になると、一般人にとっては別にラッキーでもなんでもなく、むしろホテル前がこんなことになってていい迷惑である。でもそんなことにも気づかないほど、このとき私は浮かれていた。
その後、このご夫婦はドアマンに誘導されてホテル内へと入って行った。

〈6〉に続く
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Last winner〈第二部〜その4〉「いつ着るの? 今でしょ!」
グランドホテル前に集まった人々は、老若男女実にさまざま。人種も、もちろん欧米人が一番多いけど、私を含めアジア人もちらほら見かけた。

人だかりの中で真っ先に目についたのが、ケムニッツから来たと思われるおじさん&おばさんたち。おばさんは、バラックが1月26日にケムニッツに凱旋した時の写真をプリントしたTシャツを着用。バラックはこういう故郷の熱心なファンに支えられてるんだなあ。
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そしてこの素敵なマダム。「CIAO CAPITANO」と手書きされた鉢巻きを帽子に巻いて、目立ってました。テレビ局のスタッフに「撮ってもいいですか?」とたずねられ、カメラに向かってニッコリ。そしてその様子をカメラの後ろからこっそり撮る私(笑)。
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バラックにはオッチャンオバチャンのファンしかおらんのか!と不安になってきそうだけど、もちろんそんなことはなく。バラックユニを着た青年やギャルもたくさん出待ちしてました。一人〜二人で来てる人が多い中、集団で固まっていて目立ってたのが、若い男女のアジア人グループ。
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彼らが日本人なら話しかけたいところだけど、話してる言葉は日本語ではなかった。にしてもはるばるアジアから、集団で引退試合を見に来るなんてすごい。「同じアジアから一人で見に来てるアンタもすごいわ」って突っ込まれるかもしれないけど、私からすると、集団で来る方が難易度高いと思う。だってそれだけの熱意を持った複数の人と意気投合しないといけないわけだし。
まあでも、この日、この場にいた欧米人たちは、私や彼女たちを見て「バラックはアジア人に人気あるなあ」と思ったに違いない。

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サインしてもらおうと持ってきたのだろう、大きなポスターを持ったスリムなアジア女性。どんなポスターなのか気になる。私がもっと英語が達者だったら、「そのポスター見せて〜」と話しかけられるのに。
手前にいるのはさっき紹介した、「CIAO CAPITANO」の帽子をかぶったマダム。

13番ユニを着たアジア人たちに触発された訳ではないだろうけど、ここで突然、私も13番ユニをかばんに忍ばせてきたことを思い出した。でもなー、ここでいきなりユニを着てファンアピールするのもなー、という恥ずかしさが先に立ち、なかなかかばんからユニを出せない。
だがこのとき、突然! 今年の新語・流行語大賞を受賞したあのフレーズが脳内にとどろいたのだ。

せっかく持ってきたユニをいつ着るの? 今でしょ!

次の瞬間、私はユニを頭上からがばっとかぶったのだった。(着ていたカットソーを脱いでユニに着替えたわけではない。カットソーの上からユニを着たのだ。だって公衆の面前ですし)

……これでも私、2002年W杯直前に「バラックの代表ユニを買おう」とスポーツ店に行ったものの、背番号なしのユニしかなくて、でも「BALLACK13と入れてください」とは恥ずかしくて店員に言えなかったほどシャイだったのに。あれから11年、今ではこんな図太い神経のオバチャンになってもうた

〈5〉に続く
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Last winner〈第二部〜その3〉「博物館の帰り道」
試合開始は20時5分。日中はたっぷり市内観光する時間がある。
この日の市内散策についてはまた別の記事で書くとして、ここではバラックにも関連する施設のことを。せっかくライプチヒに来たんだからと、中心街にあるライプチヒ現代史博物館に行くことにした。この博物館、ホテルから歩いて行ける距離にあるのも嬉しいが、なんたって入場料が無料。これが大きい。
で、博物館に行った後いったんホテルに戻り、それからまたスタジアムに行くつもりだった。だがもしかしたらホテルに戻らずスタジアムに直行することもあるかもと思い、試合チケットと、2年前にバイアレナで購入したレヴァークーゼンのバラックユニをかばんに入れ、ホテルを後にした。

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市の中心部、にぎやかな通り沿いにあるライプチヒ現代史博物館。路上にある銅像が目印だ。銅像はヴォルフガング・マットイヤー作「世紀の一歩」(1984)。

「東ドイツの生きた記憶を伝える場所」というコンセプトで建てられたこの博物館は、無料とは思えないほど見応えがあった。戦後の東西分断から東ドイツ社会主義統一党の政治、市民の抵抗、そして国家崩壊と東西ドイツ統一までがドラマチックに展示されている。細かい感想はまた別の記事に書くが、ライプチヒに行く機会のある人はぜひ立ち寄ってほしい。なんたって無料だし(笑)。
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東ドイツ時代は街の目立つ場所に建てられていたであろう、レーニンの銅像。ちなみに館内の写真撮影は自由(受付で確認ずみ)。

私は引退試合を見る前に、この博物館に行って良かったと思った。バラックという選手のバックボーンや、彼がなぜ、引退試合の開催地にこの街を選んだのかもなんとなく分かったような気がしたからだ。

展示物の中には、バラックのドキュメンタリー番組では必ず登場する建物の写真もあった。東ドイツの典型的な集合住宅群だ。
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バラックの実家もこのような集合住宅だった。こうして見ると、バラックってドイツ人がイメージする「典型的な東ドイツ育ち」なんだなあと実感する。

ライプチヒ現代史博物館を出たのは17時頃だった。さあ、「東ドイツの生きた記憶を伝える場所」を見た後は、「東ドイツが生んだスーパースター」を見に行こう。試合前の練習も見たいから、スタジアムに向かうにはちょうどいい時間だ。

いったん部屋に戻ってコンタクトレンズを装着しようと思い、ホテルへと向かっていたら、視界のすみに何やらひっかかるものがあって足を止めた。ひっかかったのは、「Ciao MB」という引退試合でおなじみのロゴ。そのロゴが車体にプリントされたフォルクスワーゲンが2台、路上に停まっていたのだ。
見ると、車の向こうにはグランドホテル。そして、ホテルの前に何やら人だかりができている。そうか、選手たちの出待ちをしてるのか!……と、気づいてしまったのは私にとって良かったのか、それとも悪かったのか。というのも、ここで私もつられて出待ちに参加したせいで、スタジアムに行くのが遅れ、試合前の練習が見れなかったからだ。

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道行く人も思わず振り向く、黒塗りの「Ciao MB」カー。

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Ciao MBカーのアップ

人だかりの周囲にはテレビの中継車が2台ほど停まっており、ホテルの玄関にはテレビ局のスタッフと、たくさんのガードマンたちが陣取っていた。でもこの厳重な警備も、ホテル前の「非日常のお祭りムード」を演出していた。普段はホテル前で出待ちとかしない私も(言い訳ですね)、この時ばかりはついそのお祭りムードにふらふらと吸い寄せられてしまった。
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でもこの人だかり、選手に会えるかもという期待感からみんなテンション高めでニコニコしていて、その中に混じっているのは楽しかった。正直、ホテルに出入りする選手たちを見るよりも、出待ちしているファンを見ている方がワクワクした(笑)。みんな、今夜の試合を待ちこがれてたんだなあと思うと、なんともいえず嬉しくなる。
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首から通行証をぶら下げた人がホテルから出てくると、「有名人かも」という期待から、みんないっせいに注目していた。

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引退試合のDJをつとめる男性が、テレビのインタビューに答えている。

〈4〉に続く
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Last winner〈第二部〜その2〉「外国人はだいたい友達」※HIPHOPのリズムで
6月5日、水曜日。
朝、起きると真っ先に窓から空を見上げた。ーーよかった、晴れてる!雲ひとつない青空が広がってる。
実はドイツに到着して初めて知ったが、現地では大雨による洪水被害が深刻で、引退試合の開催も危ぶまれるほどだったのだ。ここ、ライプチヒの中心部では、家屋に水が浸入するなどの深刻な被害は出ていなかったが、身近な自然の中でじわじわと危険が増していた。川である。
引退試合が開催されるレッドブル・アリーナのすぐ横を流れるヴァイセ・エルスター川の水かさが増しており、これ以上水位が上がったら試合延期とも言われていたらしい。しかし幸いな事に、私がライプチヒに着いてからは一度も雨は降らず。これなら試合開催できそうと思わせといて、試合当日になってどしゃぶりとか、「あの」バラックの引退試合だけにありえそうで怖い。だから朝起きて、青空にさんさんと太陽が輝いてるのを見たときはほっとした。天気予報も晴れマークだし、これなら間違いなく試合は開催されそうだ。
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抜けるような青空が広がっていた、6月5日のライプチヒ市内

ホテルの部屋を出て一階のレストランに行き、朝刊を手に取る。スポーツの一面はもちろん今夜の引退試合のことで、昨日のバラックの記者会見が大きく取り上げられていた。
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試合当日の地元紙LEIPZIGER VOLKSZEITUNG。見出しは「寄付と和解」。
寄付とは、バラックが引退試合の収益金を、洪水被害の支援金として寄付すると発表したこと。
和解とは、言うまでもなくレーヴを引退試合に招いたことだ。
ちなみに写真でレーヴの肩に手を置いているのはバラックではなくシューマッハ。彼もまた今夜の試合の出場選手だ。

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新聞には昨日、発表された出場選手リストも載っていた。懐かしい名前が並ぶなか、Hertzschという見慣れない名があった。昨日、新聞に折り込まれていた引退試合特集号で大きく取り上げられていたのはこの選手か、と気づく。バラックのケムニッツァーFC時代のチームメイトで、ライプチヒのクラブでもプレーしたことがあるらしい。
こういう選手にスポットを当てるところが、さすがライプチヒメディアという感じ。「東ドイツ出身選手」への思い入れを感じる。

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引退試合特集号で1P使って紹介されていた、Ingo Hertzsch

上の記事の集合写真を拡大。赤丸がバラックとHertzsch(読み方分かんない)。それより、真ん中の列の右から二番めに目が釘付け。他とは微妙にユニが違うし、選手じゃない……よね?
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試合前日のLEIPZIGER VOLKSZEITUNGに折り込まれていた、引退試合特集号。内容については下記を参照。
http://still-crazy.jugem.jp/?eid=244


出場選手リスト中、意外性で目を引いたのがネドベドとウァイデンフェラーだ。いったいバラックとどんなつながりが……と思ったけど、実はウァイデンフェラーはカイザース時代のチームメイトだとか。GKってどんだけキャリア長いねん。
だがネドベドにいたっては今でもバラックとのつながりが分からず。バラックはW杯決勝、ネドベドはCL決勝と、どちらも大舞台にイエロー累積で出場できなかったという共通点はあるけど、それで交友が生まれたりしたのだろうか。
(結局、ネドベドは試合には出場せず。代わりにカイザースラウテルンの前ストライカー、ロクベンツが出場した)

他に目を引いた出場選手といえば、バイエルンでチームメイトだったサリハミジッチと、レヴァークーゼンでチームメイトだったシドニー・サム。そうそう、バラックはこの二人と仲良かったよなあと懐かしく思い出す。二人ともドイツでは外国人選手なのが興味深い。そういえば、招待されているチェルシー時代のチームメイトも、ドログバ、シェフチェンコ、カルバーリョ、エッシェン、マルダ……とみなチェルシーでは助っ人だった選手ばかりで、イングランド人は一人もいない(テリーとランパードは怪我で欠場という理由があったとはいえ、それでも少ない)。
思い返せば、バラックはドイツのクラブにいた時もイングランドのクラブにいた時も、なぜかその国では「外国人」とされる選手と仲が良かった。それは彼の「東ドイツ出身」という生い立ちに関係があるのかもしれない。西側のクラブに入団して、同じドイツ人に囲まれながらも、生まれ育った環境の違いから、どこか自分は彼らとは違うと感じるところがあったのかも。だから同じ境遇の外国人選手と気が合ったのでは……などと、なんでもかんでも「東ドイツ出身」にこじつけたくなるのは、自分が今、まさにその旧東ドイツの街にいるからかもしれない。

〈3〉に続く
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Last winner〈第二部〜その1〉 「ジェットコースターの終着点」

ライプチヒ大学近くの広場。背景の近代的なガラス張りの建物と、伝統的な彫刻とのコントラストが印象的。


「ライプチヒは素晴らしい場所だ。ザクセン州は僕のルーツで、ここで僕はサッカーのABCを学んだ。これはとても特別な試合なんだ」

ファンの誰もが願っていたバラックの引退試合が実現する。だが「開催地候補はレヴァークーゼン、カイザースラウテルン、ライプチヒの三カ所」と報道されたとき、最後のライプチヒだけは意外に思った。バラックはライプチヒのクラブに所属したことは一度もない。引退試合といえば、もっとも縁の深いクラブのスタジアムで行うのが一般的だ。だから恐らくレヴァークーゼンで引退試合をするだろうと予測していたし、現地のレヴァークーゼンファンもそう確信していたようだった。
だから開催地がライプチヒに決まったときには驚いたが、冒頭に引用したバラックの発言を読んで初めて「そうか」と納得した。
「ザクセン州は僕のルーツ」ーーつまりライプチヒはバラックのルーツである「ザクセン州」の代表として、開催地に選ばれたのだ。彼がライプチヒのクラブ出身ではないとか、そんなことは、彼がザクセン州ーーもっと端的に言えば「旧東ドイツ出身」ということの前では本当に些細な、実にどうでもよいことなのだった。
私はそれに気づくとともに、バラックの「旧東ドイツ出身」というプロフィールの重みにも、改めて気づかされた。「これは特別な試合」という彼の言葉は、旧東ドイツで引退試合をすること、それ自体が特別なことなのだと言っているようにも受け取れた。

それに、過去の所属クラブとは全く関係がないライプチヒが選ばれたところに、バラックという選手のユニークなキャリアが反映されているようにも思う。バラックは一つのクラブに長くとどまらず、3、4年ごとに移籍を繰り返すことで飛躍的なキャリアアップを果たした選手だ。つまり「バラックといえばこのクラブ」と誰もが認めるようなクラブがない。先に挙げたレヴァークーゼンだって、世界的にブレイクしたときの所属クラブであり、6年ともっとも長く在籍し、また現役最後のクラブになったから、今でもファンに絶大な人気があるから……などの理由から「縁が深い」と書いたに過ぎない。純粋に選手としての全盛期を過ごしたのはバイエルン時代だという意見も多く、その一方で「いや、チェルシー時代こそバラックの全盛期」という声もあるなど、人によって意見は様々で、そのどれもが正しく思え、決めきれない。
だからだろう、マスコミもバラックの引退を報じる記事では、どの新聞もクラブユニを着た写真を使わず、代表ユニを着た写真を使っていた。それが一番無難だからだ。良いように解釈すると、バラックは一つのクラブのイメージにおさまりきらないワールドワイドな選手で、だがそのルーツは旧東ドイツにあった。これもまたバラックのキャリアのドラマチックなところで、東ドイツの典型的な集合住宅に生まれながら、ベルリンの壁崩壊を経て西側のクラブに移籍し、やがてバイエルンFCに、さらにはドイツを飛び出してチェルシーFCにと、そのキャリアは並外れた上昇カーブを描いた。あるメディアはそれを「ジェットコースターキャリア」と書いたが、そうして頂上にぐんぐん上っている時も、彼はケムニッツァーFCに資金援助を続けるなど、コースターの「スタート地点」のことは決して忘れなかった。だからこそ、コースターの終着地に、故郷に近いライプチヒを選んだのだ。また、ケムニッツァーFCでチームメイトだったIngo Hertzsch(アナウンサーはヘルツェと発音)も、バラック&フレンズチームの一員として出場選手に名を連ねていた。

また個人的なことになるが、私にとっても、開催地がレヴァークーゼンではなくライプチヒになったことで、ドイツ旅行三度目にして、初めて旧東ドイツ地域に行く機会ができた。せっかくだから引退試合だけでなく、街の観光もたっぷりしたい。ついでにお隣のポーランドにも足を伸ばしたい。そう考えて計画を練ったら、九日間で三都市を移動する忙しいスケジュールになった。旅行全体については別の記事で書くとして、ここでは引退試合の日に絞って書いていこうと思う。

〈2〉に続く
Last winner〈第一部〉はこちら

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ライプチヒといえばバッハ。でもこのトーマス教会前の銅像よりも、教会内のステンドグラスの肖像画の方が有名かも。
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Last winner〈第一部〉「最後の勝者」
順を追って旅行記を書いているものの、ライプチヒ動物園があまりにも充実してて書きたいことが多すぎて、いつまでたってもメインイベントの引退試合にたどりつかない
なので記憶が鮮明なうちにと、先に引退試合の記事を書いてupしました。
こちらも書きたいことが多すぎてまとまらないので、第一部と第二部に分けました。第一部では試合の「まとめ」的な感想を、第二部ではより個人的で詳細な感想を書いていきます。
また写真を自由にレイアウトしたかったので、第一部はサイトにしました。


last winner「最後の勝者」〈第一部〉
http://still-crazy.biz/last_winner/ciao1.html


第二部はこのブログの、旅行記ではなくバラックカテゴリの方に載せていきます。せめて引退試合の記事だけでも今年中に全てupしたい。今年の感想は今年のうちに!
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恋人たちの季節
私は別にバラックの私生活とかキョーミないし〜と見苦しい予防線を貼ってから、でもなんだか嬉しいニュースが飛び込んできたので書いてみる。自宅近くで新しい恋人と思われる女性といい雰囲気になってるシーンをパパラッチされ、世界中の女性ファンを「OMG!」と嘆かせているようですが。私はその新しい恋人が才能豊かなダンサー兼振付師と知って、ちょっと納得するところがあった。長年連れ添った元奥さんはカフェのウェイトレスをしていたごく普通の一般女性で、サッカーのことも全く分からなかったそうだけど、でもそういうある意味「すれてない」ところがバラックには魅力だったのではと思っていた。でもその奥さんと別れ、新しくできた恋人は、彼と同じスポーツの世界に生きるアスリート。長年プロスポーツの世界で生きてきたバラックが、様々な経験や苦難を乗り越えてきた末に、今度は互いに「共感」しあえる相手としてその女性を選んだのかなあと。そして前の奥さんと別れた理由も、自分が苦しい時に共感してもらえず、支えてもらえなかったのが原因なのかなあ……と、ワイドショーレベルのしょうもない勘ぐりをしてみる。

ニュースを知ったファンの中には「その女性は有名になるためにバラックを利用しようとしているのでは」という意見もあるようだけど、すでにかなり有名なダンサーのようだし、それはあまり無いんじゃないかと。それに現役バリバリの頃ならともかく、引退して一年以上経った今のバラックとつきあっても売名の効果ってあまり無さそう……と、ファンにあるまじきことを書いてみる(笑)。
まあそれはともかく、一緒にいる二人がとても幸せそうなのが微笑ましい。急に寒くなってきたし、いよいよ「恋人たちの季節」到来だなーと、そのツーショットを見て感じたのでした。

それにしても、あのエッシェン主催のチャリティー試合の前夜祭で下手すぎるダンスを披露したバラックが、まさかダンサーとつき合うとは(笑)。やはり人は、自分にないものを持ってる相手に惹かれるのだろうか。(でもその恋人とペアを組んでダンスショーに出演、とかはできればやめてほしい バラックの性格からしてナイとは思うけど)


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ドライな関係
フリンクスの引退試合の写真見たら、バラックがフリンクスに飛び蹴り食らわしてて笑った。だがもう一度よく見ると、ただ単に飛びかかってるだけだった(笑)。そりゃそうだわな。
この「パッと見の勘違い」に、私がこの二人をどんなイメージで見てるかってことがよく現れてると思う。いわゆる腐れ縁の悪友って感じ? 仲はいいかもしれないけど決してベタベタした関係じゃなくて、ドライな感じ。表立って友情アピールもしないけれど、でも根っこでは互いに信頼しあっていて……って私、夢見過ぎですか?(笑)

さらに希望を書かせてもらうと、フリンクスにはクールでシニカルな目線も持っててもらいたい。バラックの引退試合に出た時も、最後のバラックのスピーチ見ながら心のどっかで「引退試合で泣くなんてダセェ(笑)」と冷笑してるような。熱血漢で感情がすぐ顔に出るバラックと、いつもクールでポーカーフェイスなフリンクスっていう、昔の少年漫画のような好対照な関係が良い。(「少年漫画の元ライバル」ってイメージ、まさに!西さん)

こういう男同士のドライな関係、どっかで見たことあるなと思ったら、漫画「ピーナッツ」の男子陣の関係だった。あの漫画って、男子が女子に一方的にいじめられたり、または女子が男子に一方的に愛情を押し付けたりとちぐはぐなんだけど、男子同士にはそういうトラブルは全くない。いつも淡々としてて「男同士の友情」を感じるエピソードもほとんどないんだけど、でも根底では深い信頼でつながってるのがわかるっていうか。主人公のチャーリーブラウンとスヌーピーの関係がその代表だけど、チャーリーブラウンとライナス、チャーリーブラウンとシュローダーとかもそう。チャーリーブラウンとシュローダーなんか草野球チームでバッテリー組んでるのに、試合以外のシーンで二人が絡んでるシーンがほとんどないのがいかにもこの漫画らしいけれど。
まあ私が「ピーナッツ」をきちんと読んでたのは1980年代半ばくらいまでで、それ以降はほとんど読んでないので、「ピーナッツの男子陣はこう!」とは言い切れないのですが。

そういうわけで「関係性が似てる」ということにふと思い立ち、ピーナッツ風のバラックとフリンクスを描いてみた。
それっぽく見せようと、サインまでシュルツ氏のそれに似せてみたぜ(笑)。
ぴーなっつ.jpg
髪型はユーロ2008の頃を参考。顔立ちも、フリンクスが鼻筋通っているのに対し、バラックはやや団子鼻ででこっぱちで……と、それなりに似せようとしたつもり。ちなみにフリンクスの左腕の模様は傷跡や体毛ではなく、入れ墨です。
描いてて思ったけど、フリンクスのルックスのポイントはやっぱモミアゲだね。短髪時代もロン毛時代も、あのルパン三世のようなモミアゲは一貫して変わらなかったし。何かこだわりがあるのだろうか。

しかしGペンで絵を描いたのって久しぶりだ。デジタルみたいに簡単に取り消しできない緊張感が新鮮。
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