何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< Where have you gone, Michael Ballack? | main | 10月はたそがれの国 >>
そして壁は観光の目玉になった。
10月21日。ベルリン。
念願の巨大ピザを食べた後、バスに乗ってフィルハーモニー前で下車。有名なベルリン・フィルの本拠地を見上げながら、その奥に建っている文化フォーラムへ。本来なら、この文化フォーラム内にある絵画館で3時間くらい過ごす予定だったが、ベルリン行きの飛行機に乗り遅れるという大チョンボをおかしたため、ベルリンでの予定がことごとく狂っていた。文化フォーラムに入った時には、すでに夕方の5時。閉館まであと1時間しかない。たった1時間で、名画の数々をじっくり鑑賞できるとはとても思えない。なんだか入場料を無駄にするような気もしたけれど、前から楽しみにしていた絵画館をあきらめきれず、受付でチケットを買って中に入った。

閉館間近というのもあって、中はガラガラ。でももちろん監視員はいる。そして館内は広く、たくさんの部屋が連なり合っていて、まるで迷路のよう。受付でもらった案内図を見ながら順番に館内を見てまわったけど、それでも何度も迷いそうになった。いや、これは私が極度の方向音痴なせい。普通の人ならそんなに迷わないだろう。しかしこのときの私は生来の方向音痴に加えて「一時間で見終わらなきゃ」という焦りもあって、しょっちゅう同じ部屋に突き当たっては「あれ、この絵さっきも見たっけ」を繰り返した。それでますます気が急いて、自然と早足になってしまう。パッと見て惹かれた絵はじっくり見て、そうでもない絵は立ち止まらずに流すという鑑賞方法。せっかく来たんだから、一枚一枚の絵をもっとじっくり見たかった。しかし飛行機に乗り遅れた自分が悪いんだからしょうがない。

閉館ぎりぎりまで粘った後、絵画館を出ると、空はすでに夕闇が迫っていた。フィルハーモニーの向こうに、ドイツらしからぬ近代的な高層ビル群が見える。ポツダム広場だ。周囲には私と同じ観光客ふうの人が多かったが、ほとんどの人がそのポツダム広場に向かって歩いていた。向こうに駅があることもその理由だろう。私も彼らに混じって、広場を目指した。
DSC_0595.jpg
夕日に染まるフィルハーモニーと、その向こうのポツダム広場。

美術鑑賞をした後はいつもそうだが、このときも足がすっかり棒になっていた。だが私はいくら足が痛くても、ひきずって歩くことだけはしないでおこうと決めている。足をひきずって歩くのは日本人の悪いくせで、欧米人はその歩き方をとてもみっともなく感じていると、以前ドイツに住む知人に聞いたからだ。以来、日本にいるときもそうだが、外国だとなおさら歩き方に気をつけている。このときも足を引きずらないようにしながらポツダム広場に向かうと、そこは人でごった返していた。夕方なので仕事帰りの人もいたが、それ以上に観光客が多かった。ソニーセンターで首をのけぞらして天井を見上げ、空を覆うテント屋根を写真に撮っている人も多い。
その光景を見ていて気がついたのは、一言で観光客といっても外国人より、地方から来たドイツ人が多そうだということだった。これはポツダム広場だけでなく、ベルリンの他の観光地や、バスに乗っていたときも感じたことだった。同じドイツ人にとっても、ベルリンというのは一度は見ておきたい街なのだろう。
DSC_0599.jpg
ソニーセンター

トランペットの音が聞こえてきたのでそちらを見ると、揃いの赤いローブを着た吹奏楽団が行進していた。その後に続く大勢の人たち。楽団はただ演奏するだけでなくプラカードもかかげており、何かを記念するための行進らしかった。
演奏している人たちを見ると、頭に白髪をたくわえた老紳士をはじめ、年配の人が多い。そして演奏しているのはジャズ。だからだろうか、楽団にはどことなく大人のムードが漂っていた。
楽団.jpg

ポツダム広場の真ん中、駅の入り口付近に行くと、ますます人が多くなった。金曜の夜ということもあるだろう。広場には大型ショッピングモールもあるので、買い物目当てらしい若者の姿も目立った。
しかし私の目当てはショッピングモールではなく、壁だった。崩壊したベルリンの壁の一部が、このポツダム広場に保存されていると聞いたからだ。
その壁はすぐ見つかった。広場の真ん中にそびえ立っていたからだ。壁といえばベルリンの「負の遺産」だから、もっとひっそりと隅の方にあるのかと思っていた私は驚いた。もうそんな「負の遺産」なんて時期は通り越して、ベルリン観光の目玉としてもてはやされているのだろう。その証拠に、壁の前では東ドイツ時代の警察官のコスプレをした男二人が屋台を出して、観光客に写真を撮らないかとアピールしていた。壁で封鎖されていた時代は、市民から恐れられていたであろう国境検問所の警察官が、今ではお金儲けの道具としてバロディにされているのだ。そしてそれを、ベルリンの施政者も、市民も許している。日本ではちょっと考えられない。日本で、戦争の傷跡を残すために保存されている建物の前で、こうしたパロディによるお金儲けが許されるだろうか? たとえば原爆ドームの前で、エノラ・ゲイの乗組員の扮装をしたアメリカ人が記念写真用の屋台を出している感じ? うまい例えが思いつかないが、とにかく日本では考えられない光景だった。
DSC_0613.jpg
壁の前で屋台を出しているコスプレ警察官と、記念撮影を依頼している若い女性二人組。

もちろん、ベルリンの壁はそうした「お金儲け」の舞台としてここに残されているわけではない。壁と壁の間には展示パネルがはめこまれ、ベルリンが東西に分裂していた頃の写真を載せて、壁について解説していた。中年の女性がそのパネルを指差しつつ、傍らの少年に、壁について説明している。壁の崩壊後に生まれた少年にとっては、この壁はまさしく生きた教科書だろう。少年に向かって説明する女性の表情が真剣で、「継承」という言葉が脳裏に浮かんだ。
DSC_0617*.jpg

DSC_0609.jpg
次々と新しいビルが建てられるドイツ屈指の近代的な広場に、旧時代の遺物ともいうべき「壁」が残っているのは、現代への警告だろうか。だが不思議と「場違い感」はない。

DSC_0607.jpg
この壁はそのまま「壁の歴史博物館」とでもいうべきスポットになっている。
神妙な顔で、壁についての説明を読む人々。

DSC_0608.jpg
壁はガラス板などで保護されず、むきだしのままそこに立っている。なので当時の落書きなどをダイレクトに見ることができる。

DSC_0622.jpg
壁の前で記念撮影をする人が後を立たない。

DSC_0619.jpg
壁の断面には、ガムのようなものがびっしりくっついていた。年月を経て固くなったチューイングガムだろうか? 分からない……。

DSC_0605.jpg
ベルリン名物・ベロタクシーと、夜空に浮かぶ大型広告。

DSC_0615.jpg
広場でひときわ目立っていた、七色に光る高層ビル。
web拍手 by FC2
スポンサーサイト
web拍手 by FC2
COMMENT









Trackback URL
http://still-crazy.jugem.jp/trackback/151
TRACKBACK