何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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リピーターの多いホスピス病院〈1〉
■「休憩所」としてのホスピスを目指して

先日、日本初の医療型子どもホスピスである「淀川キリスト教病院 ホスピス・こどもホスピス病院」を見学させていただいた。
日本で唯一の「子どものためのホスピス」として注目されているこの病院。「重い病気や障害を持つ子どもが、家族とともに安らかに過ごせる場所を」という目的の他に、実はもう一つ目的があった。それは「日本におけるホスピスの概念を、このホスピスから変えていきたい」という希望。目指すは、治療という長い旅の途中に立ち寄る「休憩所」としてのホスピスである。


■つきまとう“死”のイメージ

淀川キリスト教病院、通称「淀キリ(よどきり)」のことは、以前から柏木哲夫先生の著作などを通じて知っていた。柏木先生は淀キリのホスピス医として40年近く勤務。日本におけるホスピス医療の先駆けとなった。「淀キリのホスピスは素晴らしい」「淀キリといえばホスピス」のイメージが広まったのは、この柏木先生の功績が大きい。
私も柏木先生の著作に感動した者の一人で、その著作を読みながら「私もこういう死を迎えたい」「死ぬときは淀キリで」などと思ったものだった。つまり無意識のうちに、「ホスピス=死」というイメージで捉えていたのだ。
だが私以外の人たちも、そのようなイメージで捉えていることが多いのではないだろうか。ホスピスというのは「もはや医者の手におえなくなって、死を待つばかりの人が行くところ」というイメージ。それまで一般病棟にいた人が「ホスピス病棟に移る」と聞くと、「ああ、もう……」と沈痛な気持ちになる。いや、たとえ院内にホスピス病棟がない病院であっても、それまで相部屋にいた人がナースステーションの近くの個室に移ると聞いただけで、「そろそろ死が近いのだろうか」と思わせられる。

■「ホスピス病院」は必要か?

患者以外の人でさえホスピスをそんなイメージで見ているのだから、当の患者やその家族が、医療スタッフから「そろそろホスピスへ」と言われた時の気持ちはいかばかりか。「ついに医者から見放された」と感じて、落ち込むことも多いと聞く。長期にわたって闘病している人は、主治医を信じて頼っていることが多い。その主治医から見捨てられたという絶望感は、ある意味、体の痛みよりも辛いのではないだろうか。
同じ院内にホスピス病棟があり、それまでの主治医が時々顔を見せてくれるような環境にいる場合は、まだマシだ。病院そのものが変わって、慣れ親しんでいた主治医や看護師たちから離れ、全く新しい環境に移らなくてはならない辛さ、寂しさ。「だから私は、ホスピス病院というのにはあまり賛成じゃないの」と、医師である夫とともにアメリカで過ごした経験を持つ女性は言う。「それまでの環境から引き離されて、新しい環境に身を置いても安らかな死は迎えられないんじゃないかしら。アメリカでは入院費がとても高いので、自宅で治療を受ける人が多い。そういう人はターミナル期になると“ホスピスプログラム”を買って、それまでと同じ環境で過ごしながら、ホスピスケアを受けることができる。医療スタッフや宗教家が家に来て、安らかな死を迎えるための様々なケアをしてくれるの。私もアメリカにいる友人から、『これが最後の手紙です』と書かれた代筆の手紙を受け取った。がん末期の友人の代わりに、ホスピスプログラムのスタッフが手紙を書いてくれたのよ」。
だから彼女は、日本におけるホスピスのあり方にはやや批判的だ。保険制度が整っている日本では、アメリカと違い、病院で死を迎えることが多い。その場合もなるべく環境を変えずに、それまでと同じ病院、同じ医療スタッフに見守られながら、ホスピスケアを受けられるのがベストだと言う。そしてそれは大人だけでなく、子どもの患者も同じなのだと。

■死は自覚できても、選択権がない「子ども」

「でもホスピスケアを受けるかどうか、子ども自身が決められるの? そもそも子どもは、自分の死をきちんと自覚できないんじゃないの?」と思う人もいるかもしれない。だがどんな幼い子どもでも――たとえば2、3才の子であっても、言葉にして伝える術を持たないだけで、自らの死が近いということは自覚しているものだ。そういった事例を私はこれまで本や、また周りの人からたくさん聞いてきた。先日、一緒に「こどもホスピス」を見学した人たちの中には、我が子を病気で亡くした親も少なくない。彼らは言う。「自分がもうすぐ死ぬ ということは、小さな子どもでも分かる」のだと。
だが子どもが、大人の患者とは決定的に違う点が一つある。それは、治療に関する選択権および決定権を持たないことだ。少し大きい子どもになるとある程度の意思表示はするだろうし、親もそれを尊重するだろうが、最後に決定するのはあくまで親で、病院の書類にサインするのも親である。
ホスピスの場合もそうだ。 大人なら、ホスピスに移るかどうかを自分で考え、決めることができる。だが子どもは、自分で決めることができない。だからなおさら、それまで慣れ親しんでいた環境から引き離される「ホスピス行き」は過酷なのではないだろうか。長年つきあってきた主治医や看護師を、親のように慕っている子どもは少なくない。 「最期は家で」という病院と親の意向で、ターミナル期を家で過ごしていた子どもが、いよいよ最期になって「病院に戻りたい」と親に訴えた例もある。家で親と過ごすよりも、いつでも主治医に会えて、すぐに痛みを取りのぞいてくれる病院の方が安心するのだろう。

もちろん、最期をどういった環境で迎えるのがベストなのかは、その子どもによって様々だ。この子の場合は「最期は家で」でも「最期はホスピスで」でもなく、「それまでと同じ病院で」旅立ちを迎えるのが望みだったということ。先日、見学した淀キリのこどもホスピスの看護課長は、「大人のホスピスには歴史があるのでマニュアルがあるが、子どものホスピスはまだ始まったばかりで、マニュアルがない。だからこれから作っていかなければならない」と語っていた。日本のホスピスの先駆けともいえる淀キリでさえ、そういう、いわば手探りの状況なのだ。つまりそれだけ、子どものターミナル期というのは難しい問題なのだともいえる。

〈2〉に続く
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つい、私のブログでも紹介させて頂きました。

死をケガレとしてしか扱わない他者に残念だと思ったことを強烈に思い出しています。そして、それは「死に近い」と思われている人に対しても行われていることをこの記事を見て知りました。

本当に愛に溢れているホスピスだと思います。彼らがこの日本で、より強くありますようにと祈ります。
thewhitenotes | 2013/04/08 16:42
コメント&トラバありがとうございます!
それまでホスピスのことは本で読んだ知識しかなかった私にとって、目からウロコが落ちるような体験を色々とさせてもらった見学でした。と同時に、いかに自分が固定観念に凝り固まっていたかも実感。
これだけの設備を備えたホスピスなので、正直運営は大変だと思いますが、なんとか続いていってほしいですね。このホスピスが定着することで、同じ思いを持っている他の病院も後に続けると思うのです。
めえこ | 2013/04/09 11:31
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ホスピスという人道 | thewhitenotes blog | 2013/04/08 16:39
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