何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< Last winner〈第二部〜その1〉 「ジェットコースターの終着点」 | main | Last winner〈第二部〜その3〉「博物館の帰り道」 >>
Last winner〈第二部〜その2〉「外国人はだいたい友達」※HIPHOPのリズムで
6月5日、水曜日。
朝、起きると真っ先に窓から空を見上げた。ーーよかった、晴れてる!雲ひとつない青空が広がってる。
実はドイツに到着して初めて知ったが、現地では大雨による洪水被害が深刻で、引退試合の開催も危ぶまれるほどだったのだ。ここ、ライプチヒの中心部では、家屋に水が浸入するなどの深刻な被害は出ていなかったが、身近な自然の中でじわじわと危険が増していた。川である。
引退試合が開催されるレッドブル・アリーナのすぐ横を流れるヴァイセ・エルスター川の水かさが増しており、これ以上水位が上がったら試合延期とも言われていたらしい。しかし幸いな事に、私がライプチヒに着いてからは一度も雨は降らず。これなら試合開催できそうと思わせといて、試合当日になってどしゃぶりとか、「あの」バラックの引退試合だけにありえそうで怖い。だから朝起きて、青空にさんさんと太陽が輝いてるのを見たときはほっとした。天気予報も晴れマークだし、これなら間違いなく試合は開催されそうだ。
DSC_7199.jpg
抜けるような青空が広がっていた、6月5日のライプチヒ市内

ホテルの部屋を出て一階のレストランに行き、朝刊を手に取る。スポーツの一面はもちろん今夜の引退試合のことで、昨日のバラックの記者会見が大きく取り上げられていた。
DSC_7183.jpg
試合当日の地元紙LEIPZIGER VOLKSZEITUNG。見出しは「寄付と和解」。
寄付とは、バラックが引退試合の収益金を、洪水被害の支援金として寄付すると発表したこと。
和解とは、言うまでもなくレーヴを引退試合に招いたことだ。
ちなみに写真でレーヴの肩に手を置いているのはバラックではなくシューマッハ。彼もまた今夜の試合の出場選手だ。

DSC_0605.JPG
新聞には昨日、発表された出場選手リストも載っていた。懐かしい名前が並ぶなか、Hertzschという見慣れない名があった。昨日、新聞に折り込まれていた引退試合特集号で大きく取り上げられていたのはこの選手か、と気づく。バラックのケムニッツァーFC時代のチームメイトで、ライプチヒのクラブでもプレーしたことがあるらしい。
こういう選手にスポットを当てるところが、さすがライプチヒメディアという感じ。「東ドイツ出身選手」への思い入れを感じる。

DSC_0595.JPG
引退試合特集号で1P使って紹介されていた、Ingo Hertzsch

上の記事の集合写真を拡大。赤丸がバラックとHertzsch(読み方分かんない)。それより、真ん中の列の右から二番めに目が釘付け。他とは微妙にユニが違うし、選手じゃない……よね?
DSC_0599.JPG


試合前日のLEIPZIGER VOLKSZEITUNGに折り込まれていた、引退試合特集号。内容については下記を参照。
http://still-crazy.jugem.jp/?eid=244


出場選手リスト中、意外性で目を引いたのがネドベドとウァイデンフェラーだ。いったいバラックとどんなつながりが……と思ったけど、実はウァイデンフェラーはカイザース時代のチームメイトだとか。GKってどんだけキャリア長いねん。
だがネドベドにいたっては今でもバラックとのつながりが分からず。バラックはW杯決勝、ネドベドはCL決勝と、どちらも大舞台にイエロー累積で出場できなかったという共通点はあるけど、それで交友が生まれたりしたのだろうか。
(結局、ネドベドは試合には出場せず。代わりにカイザースラウテルンの前ストライカー、ロクベンツが出場した)

他に目を引いた出場選手といえば、バイエルンでチームメイトだったサリハミジッチと、レヴァークーゼンでチームメイトだったシドニー・サム。そうそう、バラックはこの二人と仲良かったよなあと懐かしく思い出す。二人ともドイツでは外国人選手なのが興味深い。そういえば、招待されているチェルシー時代のチームメイトも、ドログバ、シェフチェンコ、カルバーリョ、エッシェン、マルダ……とみなチェルシーでは助っ人だった選手ばかりで、イングランド人は一人もいない(テリーとランパードは怪我で欠場という理由があったとはいえ、それでも少ない)。
思い返せば、バラックはドイツのクラブにいた時もイングランドのクラブにいた時も、なぜかその国では「外国人」とされる選手と仲が良かった。それは彼の「東ドイツ出身」という生い立ちに関係があるのかもしれない。西側のクラブに入団して、同じドイツ人に囲まれながらも、生まれ育った環境の違いから、どこか自分は彼らとは違うと感じるところがあったのかも。だから同じ境遇の外国人選手と気が合ったのでは……などと、なんでもかんでも「東ドイツ出身」にこじつけたくなるのは、自分が今、まさにその旧東ドイツの街にいるからかもしれない。

〈3〉に続く
web拍手 by FC2
スポンサーサイト
web拍手 by FC2
COMMENT









Trackback URL
http://still-crazy.jugem.jp/trackback/283
TRACKBACK