何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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神様がくれた時間「第二章・ファン」(その1)
エルと別れてから約10年後。その頃、私は大阪市内のマンションで一人暮らしをしていた。あれから動物は飼っていなかったが、初めての一人暮らしの寂しさから、「うさぎと暮らしたい」という思いがふつふつと湧いてきた。一人暮らしだから、自分の好きな動物を飼えるという利点もあった。
なぜ、他の動物ではなく「うさぎ」なのか。たまたま雑誌で、女性タレントが黒うさぎを部屋飼いしているのを見て印象に残ったから、といういかにもミーハーな理由が一つ。うさぎは鳴かないので、マンションでも飼いやすいという現実的な理由が一つ。
それともう一つ、かつて子どもの頃、拾ってきた野うさぎの子をすぐに死なせてしまった後悔があったからではないかと思う。

小学生低学年の頃だった。近所の草むらで野うさぎの子どもを拾った。周囲に親も見当たらないので、親とはぐれてしまったんだと判断し、家に連れ帰った。だが実際は「野うさぎの子ども」というのが珍しくて、そしてかわいかったから、連れ帰ったのだと思う。大人になった今だったら、周囲にそっと身を潜めて、親うさぎが戻ってこないかどうか、しばらく見守っていたことだろう。
だが子どもだった私はその子うさぎを手のひらに乗せて連れ帰り、飼おうとした。エサ(たまたま家にあった野菜だと思う)と水をあげていると、次の日には私の手をペロペロなめてくれて、「野うさぎなのに懐いてくれた」と嬉しかったことを覚えている。
だが結局その子うさぎは、家に来てたった3日ほどしか生きられなかった。たぶん、うさぎが湿気に弱いことなど全く知らず、浴室に置いたのが悪かったと思う。(なぜ浴室に置いていたのか不明だが、母親が動物が苦手なので、たぶん母に言われて浴室に置いたのだろうか)
その子うさぎが亡くなったとき、私はその亡骸を前に大泣きした。この経験が、大人になってから再び、うさぎと暮らすようになった理由の一つだと思う。今度は正しい飼い方をして、もっと長生きさせてあげたいと。

これはファン(ネザーランドドワーフ系雑種・♀)の物語である。

うさぎと暮らそうと決めてから、本やネットでいろいろ情報を集めたが、「ほしいうさぎ」は初めから決まっていた。「立ち耳の黒うさぎ」一択である。
なぜ黒うさぎなのかというと、まず、うさぎは基本的に外見がかわいい。その上、うす茶色やオレンジの毛色のうさぎだとかわいらしすぎる。でも黒だと全体がキリッとシャープにひきしまって、かつ高貴な雰囲気もただよわせ、「かわいくなりすぎない」と感じ、そこに魅力を感じたからだ。絶妙な甘辛ミックスの魅力とでもいおうか。
また、立ち耳にこだわったのは、やはり昔、拾った野うさぎの子どもの面影を求めていたからだろう。
そんな風に「ほしいうさぎ」が明確だったから、梅田の阪急百貨店屋上のペットショップで黒い子うさぎと出会ったとき、即座に「この子がほしい」と決めてしまった。そしていったんその日は帰って、ケージやエサなどを家に用意し、翌日、仕事帰りに再びそのショップに向かった。

その子うさぎは「ネザーランドドワーフ」という肩書きで売られており、値段は1万円。情報はそれだけで、性別や誕生日などはいっさい書かれていなかった。だが体のサイズからして、たぶん生後三〜五ヶ月くらいだろう。私が店長らしきおじさんに性別をたずねると、おじさんはうさぎをひっくり返し、雌であることを教えてくれた。だが一応ネザーランドドワーフの肩書きはあるけれど、血統書などはないと言う。確かに純血のネザーなら、1万円という安さでは売られていないだろうから、このうさぎは見た目はネザーっぽいけど、実はネザー系の雑種だということは容易に推測できた。が、別になんの問題もなかった。前に飼ってた犬も雑種だったし、むしろ雑種の方が丈夫でいい。

購入が決まってそのうさぎをケージから取り出すとき、世話係の若い女性店員が「クロちゃん、よかったね〜」と話しかけていたのが印象的だった。だがうさぎを、まるでケーキを持ち帰るときのような小さい紙箱に入れたのには驚いた。私は早く家に帰らないとうさぎが死ぬんじゃないかと不安で、仕事帰りの人でごったがえす梅田の街を、その小箱をしっかりつかんで家へと急いだ。
箱の中のうさぎは静かだったが、手にしっかりと感じる重みとぬくもりが、自分は今、かけがえのない「いのち」を預かったのだと感じさせた。このいのちを最後まで全うさせてあげることが、いのちをお金で買った自分の使命だと思った。

帰宅し、用意していたケージにうさぎを入れた。うさぎは慣れない環境に緊張しているのか、すみっこにうずくまったまま動かなかった。慣れるまではあまり構わない方がいいと思い、ペットショップの店員に「この子はいつもこれを食べている」と教えられて購入した牧草とペレット、水を用意し、あとは見守るだけにした。すると、しばらくしてペレットをぽりぽり食べ始めた。それを見て安心した私は、明日も仕事なのでひとまずベッドに入って寝ることにした。
が、しかし!
深夜、物音に気づいて目を覚ますと、うさぎが部屋中を駆け回っていた。ケージの鍵がちゃんと閉まってなかったのか、それとも初めから閉めていなかったのか。今ではよく覚えていないが、とにかくケージから脱走して、部屋中を走り……いや、正確には跳ねまわっていた。私が寝る前は緊張したようすでじっとしていたのに、私が寝たとたん、好奇心旺盛に部屋中を探検するなんて、なかなかいい根性をしたうさぎである。
私はこのうさぎに「ファン」と名付けた。名前の元ネタは、当時セレッソにいたファン・ソンホン選手(韓国代表)。当時、長居スタジアム近くのマンションに住んでいたこともあり、セレッソが身近な存在で、ファン・ソンホンも好きな選手のひとりだった。

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ともに暮らし始めた頃、マンションの自室で撮影。

前述したように、うさぎを飼ったのは「一人暮らしの寂しさを紛らわすため」という理由もあった。が、いざ飼ってみると、一人暮らしで動物を飼うのはとても気を使うことが分かった。当時、私は会社務めをしていたから、ファンを家に連れ帰った翌日も、朝、いつものように出勤した。が、昨日までとは違い、仕事中も、家に置いてきたファンのことが気になって仕方がない。エサも水もたっぷりケージ内に入れてきたから大丈夫と頭では分かっていても、急に体調を崩して苦しんでいたらどうしようとか、そんな想像ばかりしてしまって仕事に集中できない。あの一日ほど、会社にいる時間が長く感じたことはなかった。
夕方、仕事が終わると、ソッコーで家に帰った。地下鉄通勤だったが、この時もまた、これほど電車に乗っている時間が長く、もどかしく感じたことはなかった。
家に戻ると、ファンは朝、出かけた時と同じようにケージのすみっこでじっとしていた。私は安堵し、全身から力が抜けた。そして命を預かっているということは、こんなにも気を使うのかと、そのときつくづく実感した。

「家に残したうさぎが気になって仕事に集中できない」のは、結局最初の一日だけで、二日目からはそれほど気をもまずに、仕事に集中できるようになった。それより、帰ったらファンが待っていてくれるのが嬉しくて、毎日がイキイキと充実しだした。ファンが少しずつ私に気を許して、懐いてくれるようになってきたのも嬉しかった。
だがそんな幸せな「ファンとの二人暮らし」に、ある日突然ピリオドが打たれた。両親が部屋にやってきたのだ。

続く
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