何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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神様がくれた時間「第二章・ファン」(その3)
私が数年ぶりに実家に帰って来たのは、妹が10日ほど前に家を出た後だった。もちろん妹がいなくなってからも、親はファンにエサや水をあげて世話をしていた。だがケージの外に出して遊ばせたり、頭を撫でたりまではしなかっただろう。そのせいか、それとも今まで世話をしていた人が急にいなくなったことがストレスなのか、ファンは体に10円玉2つぶんくらいのハゲができていた。「うさぎはさみしいと死ぬ」というのは、あながち全くのデタラメではないのかもしれない。
こうして、再びファンとの暮らしが始まった。以前のマンション暮らしとは違い、今度は実家で、塀に囲まれた庭がある。妹は時おり庭にサークルを出して、その中でファンを遊ばせていたようだった。だが私は思いきってサークルではなく、庭にそのままファンを放してみた。始めは用心深い足取りで庭を探検していたファンだが、やがて庭に慣れ、走り回るようになった。数ヶ月後に帰省した妹は、その様子を見て「野生に返ったようにギラギラしてる」と驚いたように言った。
ハゲもすっかりなくなっていた。私が再びファンと暮らし始めてから、二週間くらい経った頃だったと思う。

とはいえ、常に走り回っていたわけでなく、お気に入りの休憩場所もあった。私が日よけにと壁に立てかけた板の下もそうだが、特にお気に入りの場所は、庭の端っこにあるツツジの木の下だった。現在、ペットとして飼われているうさぎの先祖はアナウサギなので、やはり穴の中にいる時のような、暗くて、周りの視線から隠れられる場所が落ち着くらしい。ファンを私の部屋に離したときも、真っ先にベッドの下にもぐりこみ、なかなか出てこようとはしなかった。

ツツジの木の下がお気に入り

庭を探検したり、草を食べたり、木陰で横になってくつろいだりしているファンを見るのは楽しかった。ただ一つ厄介だったのは、庭からケージに戻そうとすると、ファンが逃げ回ったことだ。よっぽど庭が気に入っていたらしい。
うさぎは夕方頃から活動が活発になるが、私がファンをケージに戻そうとするのもちょうどそのくらいの時間だった。だから余計に、ケージに入れられまいと逃げ回ったのだろう。私がつかまえようと追いかけ、壁際に追いつめると、ファンは私をおびえたような顔で見あげた。うさぎって無表情だと思われがちだけど、実はこんなに表情が豊かなんだと実感すると同時に、ちょっと心が痛んだ。だが夜になると野良猫が来るかもしれないし、このまま庭に出しっぱなしにする訳にはいかない。
庭でファンを追いかけるとき、ふと昔聞いた童謡の「うさぎ追いし かの山」のフレーズが頭に浮かんだ。が、この後に続く歌詞が思い出せず、いつもこのフレーズだけが脳内でくり返されるのだった。




庭に植わっていた草を食べるファン。ファンの後に一緒に暮らしたグレも、この草を好んで食べた。おかげで我が家の庭からはこの草が激減した。

野良猫対策として、日が暮れる頃にはファンを家に入れていた私だが、その見通しは甘かった。確かに「野良猫」は、主に夜に活動するかもしれない。だが外で放し飼いにされている飼い猫は? 彼らは人間の生活リズムに合わせることも多いので、日中でも外を自由に歩き回っている。私はそれについて無頓着だった。

その日、私はいつものようにファンを庭に出してから、家の中で仕事をしていた。その頃になるとファンを庭に出しっぱなしにすることにも慣れ、始めの頃のように、つきっきりで見守ることは減っていた。10分ぐらいの間隔をあけて、時々庭に様子を見に行くぐらい。その日もふと気づいて庭に行ってみると、ファンがものすごい勢いで走っており、出口のフェンス(庭から出ないように設置していた)に体当たりしていた。明らかに様子がおかしい。ふと視線を上げると、塀の上に猫がちょこんと座っているのが見えた。ファンがパニックになっている理由が分かった。
私はすぐに走り回っていたファンを抱き上げた。するとファンは「キエェェ」と、まるで猿のような悲鳴を上げた。きっと、ついに猫に捕らえられたと勘違いしたのだろう。
「ふだん鳴かないうさぎが鳴くのは、死ぬとき」と、かつてうさぎ専門の写真家から聞いたことがある。確かにその声はこれまで聞いたことのないもので、まさに断末魔の叫びだった。
だがファンが悲鳴を上げたのはそのときだけで、すぐに今度はブーブーと不満げに鼻を鳴らした。ふだんから抱っこが嫌いなファンは、私に抱かれていることが不服らしい。さっきまで猫に狙われてパニックになっていたくせに、なんという変わり身の早さ。正常心に戻るのが早すぎる。
うさぎによっては、たとえ怪我などの直接の危害は加えられなくても、「猫に狙われた」ことがショックでその後全くエサを食べなくなり死んでしまった、という例もあるらしい。うさぎはそれだけストレスに弱い動物なのだが、幸いファンは図太かった。その日も、家の中のケージに入れると、何事もなかったかのように餌を食べていた。ふてぶてしいうさぎでよかった。
だが決して猫に狙われたことを忘れたわけではなく、ファンはそれからしばらくは、庭に出しても以前のようにリラックスすることはなく、じっと塀の上をーーあの日、猫がいた場所を見つめていた。再び猫が来ないか、警戒しているのだ。
事実、あの猫はそれから数日間、ファンを庭に出していないときに、たびたび庭にやってきたようだった。だがやがて飽きたのか、それとも諦めたのか、やがて猫は庭に来なくなった。

後にあの猫は、隣の家で飼われている猫らしいと分かった。野良猫だけではなく、外飼いの猫に狙われる危険もあるのだということを、私はこの件で実感した。そしてそれからしばらくの間、ファンを庭に出したときは、私も庭で過ごすようになった。だがうさぎを庭に放す以上、こうして常に側で見守るのが当たり前なのだ。そもそもうさぎは自然界では補食される動物で、外の世界はうさぎにとって敵ばかり。何も外敵は猫だけではなく、犬もいるし、カラスが空から襲ってこないとも限らない。なのに私は「昼間は野良猫は活動しないから大丈夫だろう」とタカをくくって、ファンを庭に放置していた。無責任な飼い主だったと言わざるを得ない。

だが私がそんな風に殊勝になっていたのは、それから半年くらいまでの間だった。あの猫がもう来ないようだと分かると、またうさぎを庭に出したまま、自分は家で用事をするようになった。そんないい加減な飼い主でありながらも、結局、ファンが庭で外敵に襲われそうになったのはあの時一回きりだった。本当に運がよかったとしか言えない。

「運がよかった」といえば、これも私の不注意からファンを危ない目に遭わせてしまい、だが奇跡的に助かったことがもう一度だけあった。

続く


ファンを撮った写真は、庭にいる時のものがほとんどだ。それだけ庭にいる時間が長かったこと、庭にいる時の方が、自然光でキレイな写真が撮れることなどがその理由だろう。だが最大の理由は、撮りたくなるようなイキイキとした表情を見せてくれたからかもしれない。
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