何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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わが恵み汝に足れり
『水野源三精選詩集 わが恵み汝に足れり』
水野源三 森下辰衛(選) 日本キリスト教団出版局

詩集を読んだ感想を書く時は、その感動を伝えようと、つい「お気に入りの詩」をそのまま記事に書き写しがちだ。なんたって文が短いから、簡単に書き写せる。この詩集もついそんな衝動に駆られたけれど、「それって著作権違反ちゃう?」という良心の呵責に耐えられず、詩を書き写すのはやめにした。
でもその代わりに、水野源三の代表的な詩を載せている別のページをリンクしてみる。彼が生まれ育った坂城町の公式サイトだから、著作権もきっとクリアしてるだろうし。(責任転嫁)

坂城町商工会「にぎわい坂城」内の水野源三ページ
http://www.sakaki.com/cci/nigiwai/jinbutu3.html

水野源三の生き様については、上のページを読めばざっと分かると思う。簡潔によくまとまっているが、ただ一つ、重要なことが抜けている。
それは、源三がキリスト者であったことだ。

源三は小学校4年生のとき赤痢にかかり、その後遺症で動くことも、話すことも、書くこともできなくなった。聞かれることに対してうなずいたり、首をふることさえできなかったというから、その不自由さは想像を絶する。本人にはちゃんと意識があって頭も正常なのに、周りの人と全く意思疎通ができないのだ。意識があるという一点以外は、植物人間となんら変わらない。いや意識があるぶん、植物人間でいるよりずっと残酷だったかもしれない。

そんな絶望の中にいたとき、宮尾牧師と出会い、洗礼を受けてクリスチャンとなった源三は、やがて詩を作り始めた。だが自分では声も出せず指も動かせないため、五十音図を母が指でたどり、源三のまばたきの合図で言葉を拾い詩を作るという方法をとった。「まばたきの詩人」といわれるゆえんである。
そして1984年、47才で亡くなるまでに四冊の詩集を残した。今回、読んだ『水野源三精選詩集 わが恵み汝に足れり』は、その四冊を一つにまとめたものだ。

「世にはたくさんの本がある。しかし、この本は別なのだ。全く別なのだと私は叫びたい」
源三の初めての詩集『わが恵み汝に足れり』冒頭の推薦文で、三浦綾子はきっぱりとそう言った。どこがどのように別なのか。三浦はこう続けている。「手も足も利かぬ、ものも言えぬ寝たっきりの源三の目の動きを、必死に追いつつ手帳に言葉を書きとめる、この二人の姿を想像しただけで、私の胸は熱くなる。子と母が一心同体になってつくりあげたこの詩歌集は、世の多くの本とは全く別のものなのだと私は言いたいのだ」
つまり三浦は、詩が生み出される過程やその背景も「込み」で、源三の詩を絶賛している。これは三浦だけでなく、彼の詩に心打たれるほとんどの読者もそうだろう。
かくいう私もその一人だ。だが実はこの詩集を読むまでは、そんな源三の詩の「特異性」にいささか違和感を感じていたりした。
というのもこれまで源三の詩は、彼の想像を絶する不自由な生活と常にセットで語られてきた。彼の詩集を手に取る人は、作者の過酷な境遇について「なんにも知らない」ことはまずない。「口もきけない寝たきりの人が、まばたきだけで書いた詩」という予備知識がまずあって、それから「そんな人が書いた詩ってどんなんだろう」という思いにかられてその詩に目をとめる。
それは他の文学作品と比べて確かに特殊で、三浦が「この本は全く別なのだ」と言うのも頷ける。
だがその特殊性ーー作品が、作者の過酷な境遇と常にセットになっているあたりが、純粋に「作品」としては評価されていないようにも思えて、私は若い頃、ほとんど源三の詩に興味を示さなかった。雑誌などでは、寝たきりの源三の写真と常にセットで掲載される詩ーー今も昔もひねくれ者の私の目には、「お涙頂戴」的に映ったのだ。

だが今回、この詩集を読み進めながら、自然と涙がにじんでくるのに気づいた。
私も年を取り、いくらかの人生経験を積んだからだろうか。源三の詩が素直に胸にしみ込むようになった。ページをめくるごとに、自分の中の頑なな部分が、心の壁が、一枚ずつとりはらわれていくような感じ。
それはきっと源三の詩が、とても素直で、分かりやすいからだろう。奇をてらった表現や、難解で独りよがりな表現など全くない。そしてこれもよく指摘されることだが、源三の詩には暗さがない。希望と喜びと感謝があふれている。これについて三浦綾子は「水野さんが詩歌をつくったのは、つまりこの感謝の思いを伝えたかったのだ。キリストに救われた喜びを、何としてでも伝えたかったのだ。体は不自由でも、喜びにあふれた生活のあることを、多くの人に知ってほしかったのだ」と書いている。(三浦綾子著『白き冬日』より)

このように源三の詩の根底に流れているのは、キリスト者としての信仰だ。では彼と同じ信仰を持つ者でなければ、その詩に共感したり、感動したりできないのだろうか? もちろんそんなことはない。三浦綾子の小説にしてもそうだが、すぐれた文学というものは読む側に「条件」を求めない。
これも三浦綾子が書いていることだが、坂城町を訪れた旅人が源三の家を町の人にたずねたとき、その町の人は道を教えてくれた後、「水野さんはこの町の宝です」と言ったという。
そして源三が永眠してから14年後の1998年、坂城町に源三の詩碑が建てられた。

水野源三.jpg
(撮影:トリスおじさん)


1.jpg
詩碑の裏には源三の生涯が刻まれている。

この詩集は一気に読んでしまうのはもったいない。毎日、少しずつ味わいながら、しみじみと読み進めていきたい。
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