何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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孫権考
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左から孫権、劉備、曹操。孫権の切れ長の目が、チャン・チェン演じる孫権に似ていなくもない。


前回の記事にも書いたけれど、この前の中国旅行で買った「歴代皇帝トランプ」。買ってから分かったけれど、中国の全ての皇帝を扱ってる訳ではなかった。それでも私は満足である。なぜなら、呉の皇帝として孫権のカードもあったからだ。
一部では「曹丕、劉備は皇帝を名乗る根拠があるけど、孫権には根拠がないじゃん」とも言われているし。確かに「他の二人が皇帝に即位したから自分も即位した」感が強い孫権だけど。でも中国で売っている皇帝トランプで扱われてるってことは、中国では孫権はきちんと皇帝として認められてるってことの証明だよね?(必死)でもこのトランプ、魏の皇帝として初代皇帝の曹丕ではなく、在位中は皇帝に即位しなかった曹操が登場しているから、単に「有名な三国志の英雄を登場させてみました」というミーハーな選出なのかもしれない。

とか書くと私がいかにも三国志に詳しそうだけど、実は全く詳しくない。でもその乏しい知識の中から語ることを許していただけるなら、三国の君主の中ではもちろん、全登場人物の中でも孫権が一番好きだ。別に「碧眼カッケー」とかいう理由ではない。(そもそも孫権が碧眼と書いているのは演義だけで、正史には孫権が碧眼という記述は一つもないはず)。
私が孫権に惹かれるのは、彼はあの時代にあって唯一、「中原を征した者が天下をとれる」という漢民族の固定観念から解き放たれた、先進的かつグローバルな人だったと思うからだ。
「孫権は曹操や劉備のように、領土を広げようと中原にうって出ず、自国にこもってばかり。天下統一の野心がない」というイメージが孫権にはあり、それが彼の不人気の一因でもあると思う。
だが「中原にうって出ないから、天下統一の野心がない」という批判そのものが、「中原=天下」という固定観念に凝り固まった古い頭の持ち主であることを露呈しているようなもの、と私には思える。そして孫権の凄さは、そんな古い観念にとらわれずに、中原だけではなくもっと外の世界、遥か海の向こうにまで視野を広げていた点にある。台湾、ベトナム、日本などに彼は多大な興味を持ち、実際に部下たちを船で送り出して外交していた。こんな君主は、三国時代には恐らく孫権だけだったのではないだろうか。その先進性に私は惹かれる。漢王朝の領域内におさまらず、もっと広い世界を見ていたスケールの大きさに。

もう一つ、孫権の不人気の理由として考えられるのは、「魏と蜀の間を行ったり来たりするコウモリ」というイメージだろう。
確かに演義などを読むと、蜀と同盟を結んだかと思えば魏に臣従して蜀を攻撃したり、かと思えばまたしれっと蜀と同盟を結んだりと、ブレまくりである。まったく節操がないというか、いったい何がしたいんだオマエって感じ。って、もちろん呉の存続のためにこのような「風見鶏」外交をしているのである。それは分かっていても、やはり他国、特に蜀のファンからすると「卑怯」という印象になるのは仕方ないだろう。だが私からすれば、外交と戦争を巧みに使い分けて生き残った孫権こそ乱世の英雄であり、理想的な君主だと思える。

え? 晩年の老害っぷり? あの程度で私の孫権への評価は揺るぎやせんよ。若い頃ならともかく晩年だから、「さすがにもうろくしたのかな」というフォローもできる。それにちょっと中国史をひもとけば、晩年の孫権より酷い皇帝なんかいくらでもいるし……って、「下には下がいる」「あれよりはマシ」みたいに相対化して孫権をフォローするのはさすがにみっともないか(笑)。
ま、要するに私は三国志ファンというよりも、ただの孫権ファン。晩年だってついひいき目で見てしまうのさ。

■蒼天賛美
孫権についてのイメージでよく聞くのは、「何を考えてるのかよくわからない」「つかみどころがない」というものだ。前述した風見鶏っぷりも、そんなイメージをもたれる要因の一つだろう。だから他の二人の君主、たとえば劉備が「仁君」、曹操が「冷酷」という一般的イメージがあるのに対し、孫権にはこれといった固定イメージがない。しいて言えば……「地味」?(笑)
そういえば私のケータイに入っている、ゲーム「上海」の三国志版。プレイヤーは3人の君主のうちから一人を選んでプレイするのだが、普通なら「劉備、曹操、孫権」の3人から選ぶと思うでしょ。なのにこのゲームでは「劉備、曹操、董卓」から君主を選ぶという……。なんで孫権やなくて董卓やねんと突っ込みたいが、要は孫権よりも董卓の方が「残虐非道」というキャライメージがはっきりしているので、制作側からしたらゲームを作りやすいのだろう。
ゲームだけではない。不人気かつ「つかみどころがない」ということもあって、これまで三国志を題材にした小説や漫画では、孫権は常にしょぼい扱いだったように思う。

だがそんな孫権の「つかみどころがない」イメージを「ミステリアスな魅力」へと昇華させ、またコウモリ外交は「家長として、家(呉)を守るため」という好意的な理由付けをして、これまでとは違う斬新・かつ魅力的な孫権像を描いてくれたのが『蒼天航路』だ。
もちろんこの漫画の主役はよく知られているように曹操であり、孫権は曹操とはもちろん、準主役といえる劉備と比べてもかなり出番は少ない。他の二人より一世代年下なので、登場そのものがかなり遅いため、出番が少ないのは仕方がない。だがその「一世代年下」というハンディともいえる部分を逆手にとって、作者の王欣太氏は彼を「成長する君主」として見事に描ききっている。そしてこれまでの三国志作品では主に「卑怯」「小物」という個性しか与えられなかった孫権が、この作品では年上の曹操、劉備と堂々と渡り合える「大物」としていきいきと描かれている。それが何よりも画期的だと思うのだ。これまで、孫権をここまで「大物」に描いてくれた三国志作品があっただろうか? 
この作品を読んで分かったことは、私は別に孫権が脇役なのが嫌なんじゃないんだ、ということ。別に劉備、曹操が主役で、孫権が脇役でもいい。嫌なのはえらく小物に描かれることなんだってことが、『蒼天航路』を読んで分かった。それが分かったのも、この作品の孫権が脇役にもかかわらず、魅力ある大物として存在感があったからこそ。王欣太アッパレなり。

というかそもそもプロの作家なら、曲がりなりにも「三国の建国者の一人」である孫権を、それなりに大物に描くことは当然かもしれない。なのにそれを怠り、孫権を小物または空気にしか書けなかった作者たちは、王欣太の爪の垢を煎じて飲めと私は言いたい。
「んなこと言っても、原作である演義からして孫権は空気なんだからしょうがない」と反論されるかもしれない。確かに演義、そしてそれを元に日本人向けに書き下ろした吉川英治の小説でも、孫権は影が薄い。だがあれらは「パイオニア」なのであれでいい。それくらい、ゼロから一つの作品を生み出すのは大変なことなのだ。
だがそれらパイオニアを元にした二次作品まで、元の作品そのままの孫権像をただなぞっているだけなのは、作家の怠慢ではないか。いやしくもプロの作家なら、もうちょっと斬新な孫権像を見せんかい!と常々思っていた私にとって、『蒼天航路』はまさに溜飲が下がる思いだった。

■張震賛美
『蒼天航路』と同じく、「思ったより孫権の扱いが良かった作品」に、映画『レッドクリフ』がある。まあ『蒼天航路』も『レッドクリフ』も、ぶっちゃけ事前に「孫権がけっこういい扱い」だと聞いていたからこそ読んだし、見たんだけどね(笑)。セコいとか言うな。何の予備知識もなしに三国志作品読むと、凹むことが多すぎるんじゃ孫権ファンは。

話を『レッドクリフ』に戻す。この映画の孫権は、『蒼天航路』とはまた別の意味で画期的だった。それは主にビジュアルにおいて。正史に胴長短足とか顎が角ばってるとかの記述があることから、これまでの孫権ってどちらかというと「ごつい」イメージで描かれることが多かったと思う。
だがこの映画の孫権は細い。顔立ちも細面だし、体型もすらっとした細身。性格もそんな外見に合わせて繊細で、だがその眼光の鋭さは、芯の強さと気性の激しさを秘めていることを伺わせる。「偉大な父や兄にコンプレックスがある」という設定自体は別に画期的ではなく、よくある孫権のキャラ設定の一つだけど、外見が違うとこうも従来のイメージと変わるものかとびっくりした。だって妙に応援したくなるんだもん、この映画の孫権って。初登場シーンでは孔明にガン飛ばしてて、観客に「俺様キャラか?」と思わせといて、次のシーンでは悩める普通の青年になってる、そのギャップがいい。君主としてナメられまいと、公の場では強がってるんやなーというのが分かって、母性本能くすぐられる。
この絶妙の「ヘタレかわいい」魅力は、脚本もさることながら、演じた俳優の容姿と演技力によるところも大きい。ぶっちゃけ、「父兄コンプレックスで自分に自信が持てず、優柔不断」というこの映画の孫権のキャラを、もし他のモブ顔の、そして演技力に乏しい俳優が演じていたら、さぞかしイライラするような孫権になっていたと思う。ほど良く野性味を秘めた端正な顔立ちで、かつ演技力のある張震(チャン・チェン)が演じたからこそ、観客は悩む孫権に感情移入できたし、葛藤を乗り越えて開戦を決意したシーンには「よっしゃ!」と拍手を送りたくなるのだろう。

「なるべく英雄たちの当時の年齢に合った俳優を起用した」というジョン・ウー監督の試みも、結果的に孫権の個性をより引き立たせている。この映画の主要人物たちの中で、孫権は誰よりも若い。対して、曹操と劉備は明らかにおじさん(むしろ初老)。それは史実なのだから当然で、赤壁の戦い当時、孫権は26才で、かたや曹操と劉備は立派な中年。のはずなのに、これまでの三国志の漫画やアニメでは、曹操と劉備は初登場時から年を取らず、いつまでも若々しく描かれることが多かった。(そして孫権は初登場時からなぜかおじさん顔)。なので読者はともすれば「曹操、劉備、孫権は同世代」と勘違いしがちだったと思う。
だから『レッドクリフ』を見て初めて、「孫権は曹操、劉備より一回り若い」のだと知った人は意外と多いのではないだろうか。ジョン・ウーが登場人物を史実どおりの年齢で再現させたからこそ、「親世代の曹操、劉備と堂々と渡り合う若き君主」という孫権の個性かつ魅力が引き立った……いや、正確にはこの映画では「堂々と渡り合う」までいってないか(笑)。まだ青臭い感じだったし。でも将来は大物になりそう、というスケール感は出てたと思う。

■再評価、きてる?
そういう訳で私はこの映画で初めて「史実通りに若々しい孫権」に出会ったのだが、そうした描き方をしている映像作品は他にもあった。最近は三国志映像化にもリアリズムの流れが来ているのだろうか、この映画とほぼ同時期に作られたドラマシリーズ『三国志 Three Kingdoms』でも、孫権は君主たちの中でダントツで若かった(そしてイケメン)。約10年前に、同じく中国で作られたドラマシリーズ『三国演義』とはえらい違いだ。あのドラマでは孫権役を、曹操役や劉備役と同じく、おじさん俳優が演じていた。なのでドラマの孫権が史実通りに若い、これは画期的な変化だと思う。まあおじさんとはいえ、『三国演義』の孫権はなかなかダンディーで私は好きだが。しかし子どもだった孫権が、再登場したらいきなりおじさんになってるってのはどーよ(笑)。その間の青年時代どこ行った。

実は『三国志 Three Kingdoms』については、私はまだ全作品を視聴していない。だが聞くところによると孫権はなかなか利発、そして腹黒というキャラ設定らしい。
ほー。今度の孫権は腹黒ですか。これまた『蒼天航路』とも『レッドクリフ』とも違うキャラ設定だ。これこそが孫権というキャラの幅広さ。『蒼天航路』に『レッドクリフ』に『三国志 Three Kingdoms』、三作品ともそれぞれ別人のようにキャラが違う。それでいて、「そういう孫権もアリだねえ」と受け入れられる。それも「孫権といえばこういうキャラ」という固定イメージがついていないからこそ。それゆえ作家たちは、「自分なりの孫権像」をいきいきと描くことができるのだ。

……とまとめてみたものの、実は私は『三国志 Three Kingdoms』の孫権だけにはやや違和感がある。それは彼が、「呂蒙を暗殺する」というストーリーになってるらしいから。孫権といえば「家臣思い」というのも魅力の一つと思っているので、その孫権がこともあろうに呂蒙を暗殺はないわー。ありえん。まあ先にも書いたように私はこのドラマシリーズを全て見ていないので、今の段階ではまだ全否定はできないけれど。
だが一つだけ分かることがある。かつて曹操が魯迅の言葉をきっかけに中国で再評価されたように、もしや最近になって孫権の再評価が進んでるのでは……ということだ。特にご当地・中国において。というのも『レッドクリフ』も『三国志 Three Kingdoms』も、孫権役の俳優は、作品中一番と言ってもいいイケメンだった。イケメンに演じさせる=孫権を高く評価してる、と考えるのはさすがに単純すぎるだろうか。でも顔だけじゃなく、扱われ方もけっこういいと思うんだよね。まあ、どちらの作品も脇役には違いないんだけど、過去の作品での孫権の扱われ方からすればかなりマシ。

■「脇役」でこそ輝く?
孫権の再評価といえば、最近は日本でも孫権主役の作品がぽつぽつ出てきてるようで嬉しい。
だがその一つである『みんなの呉』は、ネットで公開されている番外編を読んだ限りでは、私にはどうもイマイチだった。ちゃんと本を買って本編を読みたいという気にならない。なんでや。
もう一つ、『赤壁ストライブ』という漫画も孫権主役のようで、これはまだ未読。だって孫権主役の作品なんて貴重だから、すぐ取り寄せて読む、という行為がもったいなくてできない(笑)。ショートケーキのイチゴを最後にとっておくような感じ? 読むまでのワクワク感をなるべく長く楽しみたいというか。

ただ、思うのは孫権って、単独で主役にすると魅力が半減するタイプのような。単独で主役になるより、「複数いる主役の中の一人」もしくは「重要な脇役」という扱われ方の方が、より孫権の魅力が引き立つと思う。つまり他の人物との対比で、より光る人物だと思うのだ孫権は。『蒼天航路』で私がもっとも孫権が魅力的だと思うシーンが、劉備との問答シーンというのも、それを表していると思う。
ちなみに『レッドクリフ』で私がもっとも好きな孫権のシーンは、彼が刀で机を切り落とした後、その刀を鞘にカシャンと収めて「周瑜!」とええ声で号令するところ。ここは、その直前の虎刈りシーンからの流れが秀逸。「どっちが君主じゃ」ってくらい周瑜からスパルタ教育を受けているヘタレな孫権のシーンが直前にあるからこそ、ようやく覚醒した孫権が、「君主」として威厳を持って周瑜に命令する姿が引き立つのだ。それまで周瑜を兄と慕う「弟」だった孫権が、今度は君主として周瑜に対するっていうね。そのメリハリが素晴らしい。チャン・チェンの威厳のある声もいいし、もちろん演出もいい。派手な合戦シーンばかり取り上げられがちな映画だけど、実は脚本もよく書けてると思う。

願わくば続編として、また同じ俳優を使って他の合戦も映画化してもらいたいな。無理かなあ。でもまた別の作品で、「ほう、こう解釈してきたか」と唸らされるような、斬新で魅力的な孫権に出会えるかもしれないし。先にも書いたように、作家ごとに色んな解釈の孫権像に出会えることが、孫権の魅力でもあるし。まだ私が出会ってない作品もたくさんあるだろうし、これを読んでる方で「この作品の孫権はなかなかいい」ってのがあったら、ぜひ教えてくださいませ。
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