何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
<< July 2019 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 31 >>
<< 『ブレイド・マスター』(原題『綉春刀』) | main | 変わりゆくだんじり祭 >>
『黒衣の刺客』
『黒衣の刺客』(原題『刺客 聂隐娘』)
2015.9.24 なんばパークスシネマ

見終わってまず思ったのは、「友達を誘わないでよかった」ということ。「カンヌ国際映画祭・監督賞受賞」の肩書きがあるから、他のアジア映画よりは、友達を誘える口実がある映画だった。だからしばらく会ってない友達を誘って、旧交を温めようかなとも思ったのだが、忙しくて結局誰も誘えず、一人で見た。
結果的に、それで正解だった。もし友達を誘っていたら、見終わった後、微妙な顔の友達に「ごめん、ここまでワケワカメな映画やと思わんかった」と謝っていたことだろう。そしてお茶しながら、友達から映画の内容について色々と質問を受け、だがそれらの質問に「ごめん、私もわからん」と答えるしかなくて、険悪な空気になっていたことだろう。とても旧交を温めるどころではない。デートムービーとしても不向きだろう。
つまり万人向きの映画ではないということだ。私のように、「音響設備の整ったスクリーンで、張震の声を聞いてるだけでうっとり」なんてミーハーなファンならともかく。また年に100本近い映画を見ていて、「ほう、こういう映画もありだね」と許容できるような、ディープな映画ファン以外にはあまりおすすめできない。

この映画の評価は両極端で、「是と非にはっきり分かれる映画」だと聞いていた。果たして私はどちらだろうと思っていたら、いざ見ると「是か非か」の判断すらできなかった。その判断も下せないほど、映画の筋が分からなかったのだ。だいたいの大筋はなんとなく分かるんだけど、細かい部分が分からなくて、「今、なんで泣いてるの?」「なんで怒ってるの?」という状態。自分の頭の悪さに絶望しつつ、事前に少しは、映画の時代背景について勉強しておくべきだったかもと思った。というのも、この映画はあえて前知識を一切仕入れず、プロアマ含めたレビューも一切読まず、予告編すら一度も見ずに映画館に行ったからだ。この前に見た『ブレイド・マスター』が前知識を詰め込みすぎて失敗したことがその理由で、真っ白な状態で映画を見たかった。そしたらわけが分からなかったという。
だからといって今から、この映画のレビューや解説を読んで、解答を探そうとは全く思わない。誰かに教えてもらうのではなく、後日DVDを見直して、この映画の筋や、「伝えたかったこと」を読み取りたい。時間はかかってもいいから、自分で映画から感じ取りたい。それまで自分の中で、数々の疑問を胸に抱き込んでいたい。そう思わせる映画だった。

つまり私はこの映画が好きなのだ。ここまでわかりやすさを排除した、巨匠のオナニー映画と言われても仕方ないような作品なのに、抗いがたい魅力がある。それが悔しいのだ。私は理解力の乏しい人間なので、何度も見なければ理解できないような映画ではなく、一度ですっきり理解できる映画が好きだ。なのにこの映画には惹かれる。認めたくないのに、なぜか魅了されてしまう。そんな、魔力のような魅力を放つ映画だと思う。叶うなら、ずっとこの映画の世界に浸っていたい。
だが映画としての評価は迷う。映画を娯楽と定義するなら、なおさら迷う。なのでこの映画についての私の評価は、「是か非か」ではなく、ただ「好」としておきたい。

いくら前知識を一切仕入れなかったといっても、「カンヌで監督賞を獲った」という知識だけはあった。だから「きっと凄い映画だろう」という思い込みはどうしても見る前に頭にあったし、見た後も、「わけわかんないけれど、それは私の理解力が足りないせいで、きっと凄い映画なんだ」という呪縛からは抜け出せていない。だがそんなこととは関係なく、好きなものは好きなのだ。これは理屈ではなく、感情なのだから仕方がない。

もしかしたら、無理に「筋を理解しよう」とか「テーマは何なのだろう」などと考える映画ではないのかもしれない。それよりも、隐娘がラストの決断に至るまでの境地、それをただ感じる映画なのかもしれない。

隐娘を演じる舒淇は美しかった。だが彼女も含めて、俳優は完全に物語を動かす「駒」になっていた。台湾を代表する女優と男優が主役だが、俳優の魅力を引き立たせるような、いわゆる「スター映画」とはほど遠かった。
それでも舒淇はまだ何度か顔のクローズアップがあったが、男主役である張震の顔は、とうとう最後までアップにならなかった。張震の映画で、彼の顔が一度もアップにならない映画を初めて見た気がする。それだけでもこの映画の特殊さが分かろうというものだ。
そうした俳優のクローズアップも含め、派手な効果音など、映画的な「わざとらしい」シーンがほとんどないので、映画を見ているというより、実際にその時代に居合わせて、そこで暮らす人たちの日常をのぞき見ている気分になった。
フィルムの粒状感も印象的だった。特に心に残ったのは冒頭の、モノクロのシーンだ。あの荒い映像は、まるで当時のドキュメンタリーの記録映画を見ているようで、恐ろしいほどリアリティがあった。できれば、あのまま最後までモノクロで通してほしかった。その後カラーになると、とたんに普通の映画になった気がした。カラーで見る中国の山水風景は絵のように美しかったけれど、あまり私の胸には響かなかった。
web拍手 by FC2
スポンサーサイト
web拍手 by FC2
COMMENT









Trackback URL
http://still-crazy.jugem.jp/trackback/323
TRACKBACK