何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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『七人の侍』
『七人の侍』

この作品に限らず、ウン十年前の「古い」映画全てに言えることだが、「有名な作品だから」と、その作品一つだけ見ても、本当の凄さは分からないのではないだろうか。そうではなく、同時代の他の作品もいくつか見て、そこで初めてこの作品がいかに当時、衝撃的だったか。桁外れの作品だったかが、分かるのではないだろうか。
『七人の侍』も、これ一つだけ見ると今では当たり前になった撮影技法で、それほど衝撃は受けない。音質も悪く、叫ぶように話すシーンも多いから、何を言っているのか聞き取りにくい。最初に見終わったとき、台詞のほぼ半分は聞き取れなかった。だが見終わってからようやく、DVDの「設定」メニューで字幕付きが選択できると知り、2回目は字幕付きで見た。そしたら面白いのなんの。
いや、字幕なしで見た一回目も面白かったんだけど、「何言ってるかわからん」というストレスがたまって、それほど物語にのめりこめなかった。

タイトルは『七人の侍』だし、主役も侍たちだと思うが、私は侍よりも百姓たちに惹かれた。なかでもお気に入りは茂助。何かと折り合いの悪い利吉と万造の仲裁役で、常識人。娘の髪を切った万造を叱咤するなど、先を見通す力があって、村全体のことを考えられる度量の持ち主だ。
そんな茂助だからこそ、村の外れにある自分の家が見捨てられると分かったとき、侍たちに反発して独断行動を取ろうとするシーンが胸に迫るのだ。結局は勘兵衛に大喝されて家を諦めるのだが、その後、自分の家が野武士に焼かれるのを見て、「なんだ、あんなボロ屋!」と悔しさをこらえて叫ぶシーンが良い。そして騒ぐ妻や仲間を「持ち場に戻れ!」と叱咤する。地味で目立たない役だが、映画の中で着実に成長している。最後の田植えシーン、利吉や万造とともに、笑顔で太鼓を叩いているのを見てほっとした。

もちろん侍たちも魅力的だ。キリッとした顔つきの「いかにも侍らしい侍」ではなく、どちらかというと商人とか庄屋とかが似合うような、丸顔の俳優が多い。そんな丸顔の侍が五郎兵衛、七郎次、平八と三人もいて、しかもみんな温厚な性格だから、初めは見分けがつかなかった。が、字幕付きで見た二回目では、三人それぞれに魅力的だった。特に飄々とした平八が良い。事あるごとに菊千代につっこんだり、からかったりしていて、何かと菊千代との絡みが多い。だから闘いでは菊千代とのコンビで活躍するのかと思っていたが、闘いが始まる前にあっけなく死んでしまった。実際に闘うシーンが一度もなかった、彼はもっともかわいそうな侍だと思う。「三十人ほど野武士を斬ってみんか」と誘われたのに、結局一人も斬ることなく……「薪割り流」の剣術を見てみたかった。

だが、死ぬシーンがあっけないのは平八だけではない。普通、映画で主役側のキャラが死ぬ時はもっと劇的な演出するものだと思うけれど、この作品の侍たちは、死ぬ間際に顔がアップにならず、最期に何か言い残すこともなく、ただあっけなく死んでいく。銃声がしたら、次の瞬間にはもう倒れていて、そのまま死ぬ。頭や心臓に命中したならともかく、一発打たれただけで即死するか?とも思うし、そこはある意味リアルじゃないと思うけど、あのあっけない死に様が、妙にリアルに感じる。モノクロの荒い画質といい、まるで当時のドキュメンタリー映像を見ているようだ。
主人公である菊千代の死のシーンすら、あっけない。彼を慕っていた子どもたちがその遺体に群がって泣くとか、観客をもらい泣きさせる演出はいくらでもあっただろうが、あえてそれをしなかった黒沢監督の、リアリズムへのこだわりには恐れ入る。もう動かなくなった菊千代の体が雨にさらされるシーンは、死んだ瞬間、人が「モノ」になることをリアルに感じさせる。直前まで、あれだけ元気に闘っていた菊千代だけに、そのギャップが胸に刺さる。

■好きなセリフ
前半だと、
「拙者の望みは、もうちょっと大きい」。
勘兵衛が腕試しした侍が、誘いを断るときのセリフ。この「もうちょっと」という言い回しが良い。言い方も、口ごもったりして、ちょっと未練があるけれど無理してる感じがよく出てる。きっと腹が減っていて、でも空腹よりも侍のプライドが上回ったのだろう。

後半だと、
「二人」。
早朝、鉄砲を奪って戻って来た久蔵が勘兵衛に言うセリフ。自分の手柄を誇ることもなく、ただひとこと「二人」とだけ言い捨ててさっさと仮眠しようとする久蔵。それを聞いた勘兵衛もただひとこと「うん」。
「二人」「うん」ーー短いやりとりだが、久蔵のかっこよさ、そして勘兵衛と久蔵の信頼関係が見事に演出されている名シーンだ。
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お久しぶりです。覚えていらっしゃるでしょうか?ひろみつです。もう忘れかもしれませんね。時々ブログ拝見してました。

「七人の侍」の題名を見つけ思いきって、書き込むことにしました。この映画は映画館でも見たし、いまでもDVDでしょっちゅう見るので、この映画と黒澤明の映画についてなら何時間でも語れる自信があります。

どうやって作られたか。ワンカット、ワンカットの意味。すべてです。
ブログ拝見して丁寧に見てるなと感心しました。

またご覧になる時により楽しめるポイントをいくつかお教えします。まず冒頭、野武士が山越えの峠道で「あの村も襲うか」と相談してる場面があります。この場面、普通の監督なら正面から撮ると思います。

ところが黒澤監督は、何故か後からそれも少し斜め上から撮ってるんです。野武士と村が1つの画面に収まっている。このカットをミュージカル「ライオンキング」の舞台監督が絶賛しました。「あのオープニングは凄い」と。

つまり野武士の向こうに村を一緒にワンカットに収め後ろから撮ってることで「こいつらはいまからあの村を襲うぞ」ということを暗示するカットになっている。

そして野武士の1人が「やるか!あの村も!と言います。「あの村も」と言ってることで「ああ、どこかの村を襲った帰りなんだな」とわかります。

すると別の侍が「いや、あの村は去年かっさらったばかりだ」と言います。ああ、そうか一度襲ってるんだなとわかります。

そして「よし!麦が揃った頃、また来るべ!」と言います。「麦が揃った頃」ということは二毛作の村だとわかります。

それだけのことを、ワンカットの映像と短い会話のやりとりだけで描き切っているあのオープニングはさりげないけど凄いことやってるんです。

ご参考になれば・・・失礼しました
ひろみつ | 2016/01/09 18:14
ひろみつさん、お久しぶりです。もちろん覚えていますよ^^
より楽しめるポイント、ありがとうございます!
なるほど、冒頭から「すごい」と唸らされるポイント満載なんですね。そして、それをさらっと、さりげなく見せるところが黒澤明の凄さなんですね。
私は冒頭、野武士たちの乗った馬がまっすぐ走らず、ジグザグに走るところにも躍動感を感じました。
今後も引き続き黒澤明の映画を見ていきたいです。
めえこ | 2016/01/10 14:32
お返事ありがとうございます。

あといくつかポイントをお教えしますね。

1.タイトルロールの文字ーなにこれ?と思いませんでした?普通タイトルの文字は縦横に順序良くキチンと並んでますが「七人の侍」のそれはまったく違ってました。文字が斜めだったり、どれも真っすぐじゃない。凄い文字が主張してるんですよ

2.よ〜く見てるとわからないけど、人物と人物が絶対に被らないんです。ワンカットも。

1つ、昭和20年代の日本がいかに狂った左翼思想に侵されていたかを示すエピソードがあります。
「七人の侍」の撮影中、旧社会党の議員が秘書を連れて撮影を見学に来ました。その時、秘書が黒澤監督に「野武士には野武士の人権がある」と言って絡んだんです。

黒澤監督は激怒しました。「馬鹿野郎!!!お前は泥棒が正しいと言いたいのか!野武士の襲来から村を守るのは当たり前だろう!!君みたいな思想は危険だよ!」とブチ切れたそうです。
ひろみつ | 2016/01/10 21:33
タイトルロールの文字、迫力ありますよねーびっくりしました。もう冒頭から、「普通の映画じゃない」オーラがありありで。
2の「人物と人物が絶対に被らない」というのは全く気づきませんでした……そんなところにもこだわっていたとは。

「野武士には野武士の人権がある」という抗議はウケますね。この映画は野武士側の事情とか一切描かずに、彼らを「悪」として描ききっているのが潔くていいと思うし、その「悪」を斬る侍たちにすっきりするんですが。
でも今となっては「何言ってんの」と失笑もののその抗議も、当時はそれが真剣に受け止められてた時代なんですよね。でもそれを一喝した黒澤監督、さすがです。
めえこ | 2016/01/11 21:28
昭和20年代は日本全体が左翼がかっていて、左翼的な映画が支持され、左翼的なことを言えば支持され、チヤホヤされた時代です。

黒澤監督がこの映画を撮ろうと思ったのは、戦国末期から室町時代にかけて野武士や野盗が横行し、村を襲って略奪したり、逆らう村人を殺したりと治安が非常に乱れていたので、農民達が村を野武士から守るために侍を雇ったという記録が古文書にあったことを知った脚本の橋本忍と黒澤監督が「それだ!」と言ったのがきっかけです。

農民が侍を雇うというコロンブスの卵的な発想を気に入って決まったんです。だから実際にああいうことがあったんですね。

できれば映画館で見ることを薦めしますね。そういう風に撮ってますから。僕は見終わったあと、しばらく立てませんでした。

この映画で、後の黒澤映画の特徴になるマルチカメラ方式を採用しています。1つの場面を、様々な方向から3〜4台の望遠カメラで同時に撮るという方法で、要するにワンシーンワンカットの長回しなんです。

こうすると画面の流れが自然で、スムーズになり、俳優の緊張感を持続させりことができ、同時に異様な迫力を生み出す効果があります。

それとクライマックスの土砂降りの雨に中での合戦の迫力に驚かれたと思いますが、白黒のフィルムは雨が映りにくいので、実際は映画で見た以上の雨を降らせています。大粒の雨を強調するために「飴」を混ぜて粘りを出し、大粒の雨を表現しました。

最初はただただ面白くて3時間50分があっという間に終わりますが、2度3度と見返すと、いまの感覚で見ても「これどうやって撮ってるの?」と唖然とするカットが出てきます。特に自分でカメラを触る人には宝の山みたいな奇跡のようなカットg続出します。

わかりやすく言えば、勘兵衛と久蔵が向かい合って立っている場面で2人の刀の鍔がきれいにクロスしてるカットなど偶然なのか狙ったのかわからないくらい「嘘だろ?」と思いたくなるカットが目白押しです。
ひろみつ | 2016/01/12 12:31
やっぱり映画は、映画館で見るのが一番ですよね! そもそも制作者も、大画面での鑑賞を前提に作ったわけですし。
この映画、確か数年前に「最後の劇場上映」との宣伝文句で上映された気がするのですが、また機会があれば、ぜひ映画館で見たいと思います。
「飴」を混ぜて粘りを出したという雨のシーンも、映画館なら、よりその効果がよく分かるだろうし。
めえこ | 2016/01/15 13:51
この映画にはもう1つこういうエピソードがあります。

自衛隊の幹部がある日黒澤監督を訪ね、映画を見てとても感動したと言った後、この映画で農民と侍たちがとる作戦がとてもよく出来ているが、あれは何をヒントにしたんですか?と監督に尋ねたんです。

黒澤監督が「あれは自分で考えたんです」と言うと自衛隊の幹部は心底驚き「本当ですか!?」と叫んだそうです。

何故かと言うと黒澤監督が考えたこの作戦はアメリカ軍の作戦要務令とまったく同じだったからで。作戦として完璧で、実戦で使えます、もし我々がこの状況に置かれたら、これと全く同じ人員を配置し、同じ作戦をとりますと自衛隊は絶賛したそうです。

では、映画で農民と侍が考えた作戦とは?それは、わざと1カ所、弱い箇所を作り、野武士に弱点を教える。すると敵はそこを攻めてくる。攻めてきたところを出られなくして、袋小路に追い込み、一騎づつ仕留めるという作戦です。

野武士と農民の連語軍は、武器、兵力、その他すべてにおいて野武士に劣ってるので最小の兵力で最大の戦果をあげる作戦を考えたわけです。

黒澤監督は自衛隊の幹部にこう言ったそうです。
「戦争というものは常識があればできるんじゃないですか?」
ひろみつ | 2016/01/24 02:03
コメントありがとうございます。
「わざと1カ所、弱い箇所を作る」という勘兵衛の作戦は、私も映画を見ながら感心した箇所でした。黒澤監督のアイデアだったとは…!有能な監督というのは、ただ映画を作るだけじゃなくて、頭の中にいろんな引き出しを持ってるんですね。
めえこ | 2016/01/29 21:03
ごきげんようです。

音楽について・・・・印象的な「侍のテーマ」を作曲したのは、それまでの黒澤作品の音楽をてがけ、無二の親友でもあった早坂文雄さんです。

彼はテーマ曲の候補曲を10数曲用意し、黒澤監督にピアノを弾きながら聞かせましたが監督はどれも気に入らず全部駄目を出しました。

とうとう用意した曲がすべて無くなり、途方にくれた早坂さんはフッと「あ、そういえば」と自分でボツにしてクズカゴに破って捨てた譜面を出して、継ぎ合わせて、ピアノで弾いてみた所、監督は「それだ!!」と叫んで、それが決まったそうです
ひろみつ | 2016/02/02 21:51
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