何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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ゴールデンボーイ
『ゴールデンボーイ』
スティーヴン・キング/浅倉久志 訳 新潮文庫

※ネタバレあり

『刑務所のリタ・ヘイワース』と『ゴールデンボーイ』、2つの中編が入った本。本を手に取ったきっかけは、映画『ショーシャンクの空に』を見て、その原作の『刑務所のリタ・ヘイワース』が読みたくなったから。だが読んでみると、もう一編の『ゴールデンボーイ』の方が遥かに面白かったという。
いや『刑務所のリタ・ヘイワース』も面白いんだけど、先に映画を見てストーリーを知ってるから、どうしても「この先どうなるんだろう」というドキドキ感が少ない。それに、なまじ映画の出来がいいもんだから、読みながらいちいち映画と比較してしまう。「あー、映画はここを変更したのね」とか「ここをふくらませたのか」という風に。
小説と映画の違いを簡単に言うと、映画はかわいそうな人はよりかわいそうに、悪者はより悪者に仕立て上げることで、物語をわかりやすく、ドラマチックにした感じ。そんな風に、無意識のうちに映画のシーンをだぶらせながら読んだので、今ひとつ物語にのめり込めなかった。
だが物語の締め方は、私は映画より小説の方が好きだ。あえて完璧なハッピーエンドの一歩手前で終わる、あのもどかしい感じ。物語の結末をはっきり書かず、読者に想像させるあのラストの方が、映画よりも余韻がある。
確かにあの小説を映画化するとなると、ラスト、二人の再会シーンを映像化しないと観客はすっきりしないだろうし、それが小説と映画の違いだろう。別にどっちが正しいとか正しくないとかではなく、映画は映画としてふさわしいラストを提示したし、小説もまた然り。どこまでも広がるコバルトブルーの太平洋と白い砂浜、そしてヨット。それまで刑務所という閉じられた世界での物語が続いていただけに、あのラストシーンの開放感は胸に迫る。美しい映像と音楽で見る者の五感に直接訴える、映画の魅力がいかんなく発揮されていると思う。
だが私はレッドの「希望」が全てかなったあのラストをあえて書かず、読者の想像にゆだねた小説の方が「粋」に感じた。

原作付き映画の場合、「見てから読むか。読んでから見るか」は悩むところだ。だが私は基本的に「読んでから見る」ことにしている。
それは小説より映画の方が、発信する情報量が多くて、観客は基本的に受け身だからだ。小説のように、登場人物の顔や、風景を想像する余地がない。全て映像で説明してくれる。だから映画を見た後に原作を読むと、どうしても映画でその人物を演じた俳優の顔を浮かべながら読んでしまう。これは、自分で自由に登場人物のビジュアルを想像できる小説の読み方としては、もったいないと感じるのだ。
では原作を読んでから映画を見ると、「登場人物が自分のイメージと違う」と、違和感を感じるだろうか? 映画の初めのうちはそれもあるだろうが、すぐれた映画なら、見ているうちに次第に映画に引き込まれ、登場人物のイメージ違いなど気にならなくなると思う。それほど、映画の放つパワーは強烈だからだ。先に原作を読んで自分なりにイメージができている登場人物も、「ま、映画はこれはこれでアリだな」と納得させられてしまう。

だから私は基本的に、映画よりも先に原作を読みたい派。小説よりも情報量が断然多い映画を先に見ると、イメージが固定されてしまう。
個人的にも、観客が一方的に受け身にならざるをえない映画より、読者にも色々と想像の余地がある小説の方が好きだ。
この本に収録されている『ゴールデンボーイ』は、読んでから知ったけれど、映画化もされているらしい。よかった、先に映画を見なくて。心からそう思えるほど、ストーリーの展開が読めなくてハラハラした。本の裏表紙には「少年と老人の交流」とか書いていたからてっきりほのぼの系の話かと思いきや、とんでもない。キングの作品の中では五指に入るほど「エグい」作品なのでは。単なるスプラッター的なエグさじゃなくて、精神的なエグさ。トッドがナチス収容所の残酷さにワクワクする、あのワクワクに少なからず読者は共感する部分があるからこそ、「もしや自分もトッドのように、心の奥底にモンスターが潜んでいるのでは」と不安になる。これはもうキングの思うつぼだろう。
ナチスの戦犯であるドゥサンダーが妙にかっこよく思えるのも、キングの術中にはまっているといえるだろうか。特に初めはトッドに脅され、支配されていたドゥサンダーが、やがてトッドを支配し始める展開は痛快だ。
ドゥサンダーに比べて、トッドの両親が妙にまぬけに書かれているのも面白い。やがて奇妙な友情が芽生えるのかと思えたトッドとドゥサンダーの間に、最後まで友情が芽生えないのも面白い。特にトッドはドゥサンダーが死んだ後も彼を憎悪しているし。これでもしトッドとドゥサンダーの間に友情が芽生えたりしていたら、きっと安っぽい話になっていたことだろう。
ラストの展開も衝撃だ。結局トッドは負け、ドゥサンダーは勝ったという感じ。一応、目覚める可能性が皆無の悪夢の中に落ちていったと書いてはいるけれど、計画通りに自殺できたんだから「勝ち逃げ」だろう。
ナチスの戦犯が最後には勝ったと読者に感じさせる小説ってどうなんだ。しかし文句なしに面白い。残念ながら映画の方はラストを変更したりしてイマイチらしいので、原作のイメージを大事にしたい私は映画は見ないでおこうと思う。
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