何年たっても、まだ狂ってる。
Still Crazy After All These Years (Paul Simon)
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変わりゆくだんじり祭
 今、岸和田はだんじり祭<10月祭礼>の真っ際中。だが周りのお年寄りたちは「昔はだんじりは各町内をメーンに回ったが、今は駅前など人の多いところにし か行かなくて、自分らのところにはちっとも来てくれない」と寂しがっている。岸和田に生まれ育った者として、確かにだんじりは昔とは変わったと感じる。

全国から観光客が集まる<9月祭礼>と違い、<10月祭礼>は地味だ。だが<10月祭礼>ならではの見所もある。それは時期的に、黄金の稲穂畑を背景に走るだんじりが見られることだった。それは絵として美しいだけでなく、元々だんじりの起源は、五穀豊穣の祈願だからだ。
だが今では、のどかな田舎の田園風景の中を行くだんじりはほとんど見られなくなった。人の多い場所しか走らなくなったのは、中継するTV局の都合もあるのだろうか。

懐古趣味かもしれないが、やはりだんじりがもっとも映えるのは、黄金に実った稲穂の中を行く光景だと思う。その起源が、五穀豊穣祈願ということを改めて思い起こさせてくれる。 今はもうほとんど見られなくなった光景だから、なおさらそう思うのかもしれない。

他にも、だんじりが昔と変わったところはたくさんある。その一つが大工方の格好だ。子どもの頃は、屋根の上で舞う大工方の、粋な着流しに憧れたものだった。なのに今は、着流しで華麗に舞う大工方を全く見ない。みな法被である。大工方まで揃いの法被だと、「選ばれた人」という感じがあまりなくて、「曳き手が順番で屋根に上ってみました」という感じがしてつまんない。
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『黒衣の刺客』
『黒衣の刺客』(原題『刺客 聂隐娘』)
2015.9.24 なんばパークスシネマ

見終わってまず思ったのは、「友達を誘わないでよかった」ということ。「カンヌ国際映画祭・監督賞受賞」の肩書きがあるから、他のアジア映画よりは、友達を誘える口実がある映画だった。だからしばらく会ってない友達を誘って、旧交を温めようかなとも思ったのだが、忙しくて結局誰も誘えず、一人で見た。
結果的に、それで正解だった。もし友達を誘っていたら、見終わった後、微妙な顔の友達に「ごめん、ここまでワケワカメな映画やと思わんかった」と謝っていたことだろう。そしてお茶しながら、友達から映画の内容について色々と質問を受け、だがそれらの質問に「ごめん、私もわからん」と答えるしかなくて、険悪な空気になっていたことだろう。とても旧交を温めるどころではない。デートムービーとしても不向きだろう。
つまり万人向きの映画ではないということだ。私のように、「音響設備の整ったスクリーンで、張震の声を聞いてるだけでうっとり」なんてミーハーなファンならともかく。また年に100本近い映画を見ていて、「ほう、こういう映画もありだね」と許容できるような、ディープな映画ファン以外にはあまりおすすめできない。

この映画の評価は両極端で、「是と非にはっきり分かれる映画」だと聞いていた。果たして私はどちらだろうと思っていたら、いざ見ると「是か非か」の判断すらできなかった。その判断も下せないほど、映画の筋が分からなかったのだ。だいたいの大筋はなんとなく分かるんだけど、細かい部分が分からなくて、「今、なんで泣いてるの?」「なんで怒ってるの?」という状態。自分の頭の悪さに絶望しつつ、事前に少しは、映画の時代背景について勉強しておくべきだったかもと思った。というのも、この映画はあえて前知識を一切仕入れず、プロアマ含めたレビューも一切読まず、予告編すら一度も見ずに映画館に行ったからだ。この前に見た『ブレイド・マスター』が前知識を詰め込みすぎて失敗したことがその理由で、真っ白な状態で映画を見たかった。そしたらわけが分からなかったという。
だからといって今から、この映画のレビューや解説を読んで、解答を探そうとは全く思わない。誰かに教えてもらうのではなく、後日DVDを見直して、この映画の筋や、「伝えたかったこと」を読み取りたい。時間はかかってもいいから、自分で映画から感じ取りたい。それまで自分の中で、数々の疑問を胸に抱き込んでいたい。そう思わせる映画だった。

つまり私はこの映画が好きなのだ。ここまでわかりやすさを排除した、巨匠のオナニー映画と言われても仕方ないような作品なのに、抗いがたい魅力がある。それが悔しいのだ。私は理解力の乏しい人間なので、何度も見なければ理解できないような映画ではなく、一度ですっきり理解できる映画が好きだ。なのにこの映画には惹かれる。認めたくないのに、なぜか魅了されてしまう。そんな、魔力のような魅力を放つ映画だと思う。叶うなら、ずっとこの映画の世界に浸っていたい。
だが映画としての評価は迷う。映画を娯楽と定義するなら、なおさら迷う。なのでこの映画についての私の評価は、「是か非か」ではなく、ただ「好」としておきたい。

いくら前知識を一切仕入れなかったといっても、「カンヌで監督賞を獲った」という知識だけはあった。だから「きっと凄い映画だろう」という思い込みはどうしても見る前に頭にあったし、見た後も、「わけわかんないけれど、それは私の理解力が足りないせいで、きっと凄い映画なんだ」という呪縛からは抜け出せていない。だがそんなこととは関係なく、好きなものは好きなのだ。これは理屈ではなく、感情なのだから仕方がない。

もしかしたら、無理に「筋を理解しよう」とか「テーマは何なのだろう」などと考える映画ではないのかもしれない。それよりも、隐娘がラストの決断に至るまでの境地、それをただ感じる映画なのかもしれない。

隐娘を演じる舒淇は美しかった。だが彼女も含めて、俳優は完全に物語を動かす「駒」になっていた。台湾を代表する女優と男優が主役だが、俳優の魅力を引き立たせるような、いわゆる「スター映画」とはほど遠かった。
それでも舒淇はまだ何度か顔のクローズアップがあったが、男主役である張震の顔は、とうとう最後までアップにならなかった。張震の映画で、彼の顔が一度もアップにならない映画を初めて見た気がする。それだけでもこの映画の特殊さが分かろうというものだ。
そうした俳優のクローズアップも含め、派手な効果音など、映画的な「わざとらしい」シーンがほとんどないので、映画を見ているというより、実際にその時代に居合わせて、そこで暮らす人たちの日常をのぞき見ている気分になった。
フィルムの粒状感も印象的だった。特に心に残ったのは冒頭の、モノクロのシーンだ。あの荒い映像は、まるで当時のドキュメンタリーの記録映画を見ているようで、恐ろしいほどリアリティがあった。できれば、あのまま最後までモノクロで通してほしかった。その後カラーになると、とたんに普通の映画になった気がした。カラーで見る中国の山水風景は絵のように美しかったけれど、あまり私の胸には響かなかった。
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『ブレイド・マスター』(原題『綉春刀』)

映画の前売り券を買ったら特典でついてくる生写真。しかし学生手帳に挟んで喜ぶような年齢でもないし、もらったところでどうすればいいのか分からない。できればクリアファイルとか、もっと実用的な特典がよかった…などと贅沢を言ってはいけない。

『ブレイド・マスター』(原題『綉春刀』)
2015.8.29 シネマート心斎橋


いきなりだが、私は『ブレイド・マスター』というカタカナ邦題が好きじゃない。ありふれた名前すぎて、いったい何の映画か伝わりにくいし。ブレイド・マスターで検索するとトヨタ車やスマホのゲームばかりひっかかるし。宣伝文句の“武侠アクション超大作”として売りたいがためにこの邦題なんだろうけど、それだとかえって見た人は「思ってたのと違う」とがっかりするのでは。
原題の『绣春刀』をそのまま邦題にした方がよかったのでは。文芸映画みたいなタイトルだけど、実際、武侠アクションよりも文芸映画よりの内容だと思う。「しゅうしゅんとう」とそのまま日本語で読めるのもいい。

と、のっけから文句で始まったが、別に本国で大ヒットしたわけでもなく、有名な賞を獲った訳でもなく、有名監督の作品でもないこの映画を、日本公開してくれたことには感謝したい。でもタイトルは『绣春刀』のままが良かったと思うよ(しつこい)。

【高評価、低興行】
まず初めに断っておきたいのが、私はこの映画に思い入れがあるということ。それも見た後ではなく、見る前から思い入れがあった。2014年8月に中国で公開された時、作品の評価は高かったものの、低予算なため宣伝不足で、上映する映画館の数も少なく、映画館にポスターすら貼られていない状態だったという。また、路陽(ルー・ヤン)監督がまだ若く、これが監督三作目。そしてその名前だけで客を呼べる絶対的なスターが出演しておらず、キャストが地味。(主演の張震や王千源は実力派俳優として認知されているが、客を呼べるほどのスターではないというのが中国での評価らしい)。
そうした様々な理由から、公開当初の興行収入は伸び悩んだ。「高評価、低興行」の代表的な映画として、記事にも取り上げられたほどだ。
それでも映画を見た人の口コミからじわじわと評判が広まり、最終的には制作費をペイできる「小ヒット」になったという。さらに好評を受け、続編の企画も進行中とか。
たとえ宣伝にお金をかけられなくても、すぐれた映画は、見た人がその感動を伝えることでヒットへとつながる。「高評価、低興行」といわれた映画は、その後「観客の目は節穴ではない」ことを実証した映画になったのだ。私はそこにドラマを感じ、注目していた。

【元ネタは司馬遼太郎】
路陽監督のインタビューによると、監督は司馬遼太郎の短編『沖田総司の恋』が好きで、この小説を元に映画の構想をふくらませていったという。確かに小説を読んでから映画を見ると、「なるほど」と思うところが多い。
ちなみに映画が中国で公開されたのは8月7日だが、この日は司馬遼太郎の誕生日でもある。偶然そうなったのか、それとも狙ってそうしたのかは分からない。もしあえてこの日を公開日に選んだのだとしたら、路陽監督に「この映画を司馬遼太郎に捧ぐ」という思いがあったのかもしれない。

この映画は、脚本も路陽監督が他の人と共同で書いている。彼が昔からあたためていたネタらしく、いざ脚本にするとかなり分厚くなってしまったため、一番面白い部分だけを映画にしたのだとか。そして映画の好評により、次は映画の前日譚を作ろうと計画中で、それがヒットすればまたその続編を作って、三部作にしたい意向だという。なにそのもろスターウォーズみたいな展開は。
でも確かに映画を見ると、「語られていないこと」が多くて、「前日譚が見てみたい」と思わせるつくりになっている。ひょっとしたら初めから狙ってそう作ったのかもしれない。としたらかなりの自信家である。

そんなわけで映画の制作や、中国公開時のエピソードに惹かれるものが多く、興味深くそれらの記事を読んでいたので、無駄に映画に詳しくなってしまった。見る前からそんなに詳しくなると、自然と期待のハードルも上がる。私の場合、ちょっとハードルを上げ過ぎてしまったかもしれない。

【真面目な映画】
で、ここからようやく感想に入るのだが、見終わってまず思ったのが「とても真面目な映画」だということ。お遊びシーンというか、無駄なシーンが全くない。お色気シーンも、笑えるシーンも、ラブシーンすら全くない。唯一、着衣のまま抱き合うシーンがあるくらい。とにかくテンポ良くサクサク進んで、最後まで飽きさせないんだけど、ちょっとテンポが早すぎて、まるでダイジェスト版を見ているような気分になる。余韻や情緒がないというか。やっぱり映画って、遊びのシーンもちょっとは入れた方が映画に「潤い」が出ると感じた。
アクションシーンも非常に真面目だ。ワイヤーやCGもほとんど使っていない(ように見える)。この映画のために特訓したという俳優たちが、ひたすら地道に立ち回りを頑張っている。ワイヤーやCGなしなので、武俠映画でよくある超人離れした立ち回りもない。空を舞ったり、妖術を使ったりもしない。だから地味っちゃあ地味なんだけど、殺陣の指導がいいのか、スピーディーで迫力がある。スローシーンもほとんどない。ただちょっとカット割りが多いかも。もうちょっと長回しで立ち回りを見てみたかった。

別にワイヤーやCGを多用する事が「不真面目」とは言わないし、この映画がワイヤーやCGを多用しないのは単に「予算がないから」というのもあるかもしれない。だがアクションでワイヤーやCGを多用されると私は萎える。それより生身の俳優がワイヤーに頼らずに、自分の力だけでリアルなアクションを魅せてくれる方が好きだ。

この映画のアクションが地味な好例に、主人公たちを偵察に来た刺客が逃げるシーンがある。武俠映画だとこういうシーンでは、刺客は逃げるために、敵に向かって口からもの凄い数の矢をいっせいに吹き出したりするんだけど、この映画では、刺客は近くに並べてあった竹をバラバラと倒して逃げて行く(笑)。じ、地味……。なんでそんなところに都合よく竹が置かれていたのかも謎だし。ああ、予算なかったのね……と妙にしみじみするシーンだ。

【“武侠アクション超大作”という宣伝に偽りアリ】
上の例でも感じたけれど、この映画は一応「武侠映画」にカテゴライズされているが、一般的な武侠映画のイメージとは違う。宣伝では“武侠アクション超大作”とうたわれているけれど、実際は「錦衣衛の下っ端たちの人間ドラマ」の方がふさわしい。
武侠映画につきものの妖術アクションやワイヤーアクションがないというのもその一つだし、主人公の錦衣衛三人組の描かれ方も、「ヒーロー」としてのそれではない。三人それぞれが人間臭い悩みを持っていて、その悩みを解決するために沈煉は、殺害を命じられていた魏忠賢と取引する。映画だと沈煉を演じる張震がかっこいいのでつい錯覚するが、現代に置き換えると、ようは下っ端の公務員が公金を横領するというストーリーで、かっこよさは微塵もない。むしろあまりにも馬鹿でみみっちくて、現代なら「公務員のくせに」と呆れながらその物語を読むだろう。そんな馬鹿な下っ端公務員を主役にしたこの映画は、いくら俳優が男前で、彼が身にまとう“飛魚服”と呼ばれる官服が華麗であっても、やはり一般的な武侠映画のイメージには当てはまらない。公金を横領した結果としての沈煉の悲劇も「自業自得」と観客に思わせる。むしろ兄弟たちが死んだのは沈煉のせいで、彼が災いの元凶じゃないかと。

だがそう思わせておいて、実は、趙靖忠から魏忠賢殺害のため選び出された瞬間から、彼らは殺される運命にあったということが、映画の最後に分かる。しょせん「虫けら(趙靖忠が彼らをそう称する)」である沈煉の取引や選択なんて何の影響もなかったという、乱世に翻弄される下っ端公務員たちの悲哀がこの映画全般を貫いている。

【義兄弟の絆】
こう書くとなんだか泣ける映画のようだが、私はちっとも泣けなかった。先に「武侠アクション超大作ではなく、人間ドラマ」と書いたけれど、実は人間ドラマとしても各人物の描写が足りずに、中途半端だからだ。
始めにも書いたがこの映画、話がテンポよく進みすぎてまるでダイジェストのよう。主役は錦衣衛の義兄弟三人なのだが、彼らがどういう身の上で、どうして義兄弟の契りを結んだのかが全く語られないまま、あれよあれよと彼らが窮地に追い込まれていく。映画の始めの方で、もうちょっとこう、「義兄弟の絆が感じられるシーン」や「日常の平和なシーン」があった方がよかったのでは。義兄弟の契りを結ぶシーンを、回想シーンで入れるとか。その方がよりこの三人に感情移入できて、終盤、彼らが見舞われる悲劇に胸を打たれ、兄弟の仇を討つ沈煉にカタルシスを感じられたのでは。

とはいえ、義兄弟の絆が感じられるシーンが、全くないという訳ではない。その「絆」をもっとも強く感じられるのは、皮肉にも兄弟二人が死んだ後、沈煉の趙靖忠への仇討ちシーンだ。映画では説明がないので分かりづらいが、沈煉は決闘前に自分の刀を地面に突き刺し、まず長兄の盧剣星が生前使っていた長刀で闘う。その長刀を趙靖忠に払い落とされると、今度は弟の靳一川が使っていた双刀で闘う。それもまた趙靖忠に払い落とされ、最後にようやく、地面に突き刺していた自分の刀を抜いて、趙靖忠にとどめを刺すのだ。この決闘では沈煉は終始劣勢で、やけに弱く見えるのだが、それは使い慣れていない兄と弟の刀を使っていたから。そこには「兄と弟の仇討ち」という思いがこめられている。だが例によってこの映画はそういうことをくどくど説明しないので、初見ではまず分からない。というか盧剣星、沈煉、靳一川の三人が、それぞれ違う刀を使っているということすら、初見では分かりにくい。

【二次創作が人気の理由】
いろいろ書いているとこの映画、真面目なつくりなだけに、なんだか非常にもったいない。武侠アクションとして見るとワイヤーも妖術もなくて地味だし、人間ドラマとして見ると、各人物の背景や、人物関係の描写が淡白で物足りない。ようはどっちつかずなのだ。
主役の三人だけでなく、脇役たちの背景もほとんど語られない。だからだろうか、展開がやや強引で唐突に感じられる。もっとも唐突に感じたのは丁修が終盤、いきなり「いいやつ」になって沈煉に協力する展開で、映画で語られなかった二ヶ月間にいったい何があったんだと。

そしてこの映画が中国の腐女子に人気で、二次創作が氾濫している理由もなんとなく分かった気がした。もちろんもっとも大きな理由はこの映画が「男たちの物語」で、男同士の愛憎まみえる関係や、「尻を売れ」みたいなそのものズバリのセリフがあるからなんだろうけれど。でも「多くを語らず、見る者に想像させる」作りであることも、腐女子の妄想をはかどらせるのだろう。丁修の唐突な改心を例にとれば、「あの二ヶ月間で、いったい沈煉と丁修の間に何があった。もしやこんなことが……」などという風に。

【字幕に不満】
沈煉と丁修といえば、日本語字幕についてちょっともの申したい。最後のシーン、礼を言う沈煉に対し、丁修は「礼はいい。俺も趙靖忠を殺すつもりだった」と、字幕ではそう言っている。だが実際は、丁修は「如果你没有杀掉赵靖忠,我会连你一块杀的」ーー訳すと「もしあんたが趙靖忠を殺さなかったら、俺はあんたも(趙靖忠と)一緒に殺してた」と返している。(※機械翻訳だから正しくないかも。でもだいたいこんな意味)
このセリフがあるからこそ、それまで穏やかな表情だった沈煉が眉をひそめるし、その沈煉にニヤリと笑いかける丁修に凄みを感じるのだ。そして沈煉と丁修は「趙靖忠への仇討ち」という共通の目的があったから一時的に協力しただけで、決して仲良しこよしになった訳ではなく、むしろ一触即発の関係ということが分かる。
なぜ丁修が沈煉を殺したいかといえば、弟弟子である靳一川の死、その元凶をつくったのは沈煉だという思いがあるから。でも一番の仇はやはり、靳一川を殺した趙靖忠。だから沈煉が趙靖忠を殺すのなら、まああんたは殺さないで見逃してやる。でももし趙靖忠を殺さなかったら、あんたも殺すつもりだったという丁修の思いが、あの短いセリフに込められている。そして丁修の、靳一川への思いも読み取れる、とても重要なセリフなのだ。だからこのセリフはきちんと、原文の意味を再現した字幕にしてほしかった。

だがそうやって沈煉を脅迫するわりには、前もって周妙彤と医者の娘を安全な場所に移動させておいたりとか、ちょっと手際よすぎじゃないか丁修。最後の彼のセリフと矛盾してるし、こういう強引な展開がこの映画、特に丁修がらみで目につく。

【愛すべきB級映画っぽさ】
中国では制作費が1億元以上の映画が「大作」と見なされるそうだが、この映画の制作費は3000万元だという。美術や衣装にお金がかかる時代劇としては、低予算といえるだろう。
だからだろうか、映画全体にただようB級っぽさがたまらない。まず、崇禎帝の衣装がしょぼい。「陛下」というセリフがなかったら、とても皇帝とは分からない。せいぜいそこらの文官にしか見えない。
魏忠賢が死んだ証拠として提出される、焼死体もしょぼい(笑)。B級ホラーかと思った。いや今どきB級ホラーでももうちょっとマシな焼死体を出してくるぞ。
とまあ、いちいち挙げていったらきりがないが、とにかく私はそういうB級ムードを愛おしく感じた。ああ、予算が足りない中で懸命に頑張ってるなあという感じ。なんせ撮影中に予算が尽きて、张震の撮影日数を減らしたというくらいだし。
しかし巨匠と呼ばれる監督の映画にばかり出演している印象のある張震が、よくこんな新人監督の、低予算の映画に出たものだ。別に監督の名前で映画を選んでるわけではなかったのですね。B級ムードただよう映画に出る張震というのも、なかなか新鮮だった。

【ツッコミどころ】
これはB級っぽさにもつながるのだが、ツッコミたくなるシーンがわりとある。最大のツッコミどころは、沈煉に右手首から先を切り落とされた嚴家の公子。個人的にこの映画でもっともかわいそうな人だと思うのだが、その右手首がその後、彼が拷問されるシーンで復活していた(笑)。しかも右手首を切り落とした張本人である沈煉が、何事もなかったようにその手首を鎖からほどいていた。気づけよ。しかも同じシーンで、嚴家の公子は沈煉に「君に手首を切り落とされた」とか言うし。なのにこのシーンで彼の右手首があることに、制作側も俳優もなぜ誰も気づかない。

続いて妓楼での、沈煉と趙靖忠の決闘シーン。互いに相手を殺そうと闘っていたはずなのに、沈煉は趙靖忠を階段下に突き落とした後、なぜかそのまま放置(笑)。追いかけていってトドメを刺そうよ。たぶん、あの時点ではまだ義兄弟たちが殺されていないから、沈煉としては趙靖忠を殺すまでやるつもりはなく、ただ周妙彤を彼から守りたいだけなのだろう。だがそうした沈煉の考えが分かりにくいので、見る方としてはツッコミたくなる。


待ちきれなくて、公開初日に見に行った初めての映画かも。前売り券を買ったのも何年ぶりだろう。

【俳優】
俳優の演技の善し悪しは、正直、私にはよく分からない。基本的にみな好演していると思ったが、なかでも張震、王千源、金士傑の三人は存在感があった。後で、この三人は映画メーンで活躍していると知って納得。他の俳優は初めて見る人ばかりだったが、ドラマメーンで活躍している人が多いと聞いてこれも納得。

●沈煉……張震(チャン・チェン)
私は正直、張震ってそんなに完璧に整った男前だと思わないのだが、この映画の彼はこれまでで一番「りりしく」見えた。時代劇の扮装が似合うことと、常に帽子をかぶっていることがよかったのだろう。広い額を帽子がいい感じに隠してくれていた。また顔に飛び散る血しぶきも、その顔をより引き立たせていた。張震は化粧映えならぬ「血しぶき映え」する俳優だ。
役柄もいい。「外面は冷酷、でも内面はピュアで情に厚く、女に一途」というキャラは彼の得意とするところで、『ブラッド・ブラザーズ −天堂口−』のマークもそんなキャラだった。報われない恋に身をやつすという役は『グランド・マスター』のカミソリにも共通する。こうして振り返ってみると、張震の演じる役ってわりとワンパターンかも(笑)。
なのでこの映画でも、演技面では「いつもと違う役に挑戦した」という驚きは特になく、安定の平常運転という感じ。義兄弟の真ん中という役割なので、兄の盧剣星に対してはすがるような目つきで「兄を慕う弟」になり、逆に弟の靳一川に対しては、何かと世話を焼く「頼れる兄貴」になったりと、相手によって表情を使い分けているのもさすがである。
主人公なのでかっこいい見せ場も多く、立ち回りの切れ味も鋭い(ように見える)。だが私がもっとも感じたのは、にじみ出る中年の色気だ。30代も半ばを過ぎ、若い頃に比べるとさすがに肌もたるんできたけど、それがかえって退廃的な色気をかもしだしてるというか。肉は腐りかけが旨いというか……!(ひどい。でも褒めてる)。とにかく若い頃にはなかった色気があって、特に趙靖忠との最後の対決、相手の腹に刀を刺し込むシーンの「はぁ…」という吐息があざとい。

●周妙彤……劉詩詩(リウ・シーシー)
この映画の彼女は多方面ですこぶる評判がよろしくない。なので見る前の期待のハードルはかなり下がっていた。そして実際に見てみたら、「なんだ、言われてるほど酷くないじゃん」と。
そこで私はあえて、劉詩詩を擁護したい。まず、劉詩詩は別に悪くない。脚本が悪い。なんというか、彼女に片思いしている沈煉の一途さ、健気さを引き立たせるために、周妙彤が犠牲になってる気がする。せめて周妙彤が怪我を負うのは肩ではなくて、足にしとけば。そしたら沈煉が周妙彤を背負って歩くあのシーンも、「足を怪我してるから仕方ないね」となるのに。肩を怪我した周妙彤を、同じく肩を怪我した(それも明らかに周妙彤より重傷の)沈煉に背負わせるから、見た者は「背負われてないで、自分で歩け」と突っ込みたくなるのだ。監督はたぶんあのシーンを、切ない愛の名シーンとして撮ったのだろうが、見る者の心に浮かぶのは切なさよりもヒロインへの苛立ちだ。

うん。劉詩詩は悪くない。ただ、沈煉によって12才で教坊司に送られた妓女という役柄には、あまり合っていないと感じた。この身分へと自分を堕とした沈煉に、表では当たり障りなく接しつつ内面ではひっそり恨んでいる、そんな複雑な女の業みたいなものが、劉詩詩からは感じられない。少女のように清楚で幼い顔立ちが、そもそも妓女に見えないのだ。まるで妓女のコスプレをしているようで。つまりキャスティングのミス。劉詩詩の責任ではない。
……と、映画を見ている間は感じていた。だが見終わると、やはりこの映画には劉詩詩でよかったという気がしてきた。基本、男だらけの物語で、陰謀と裏切り、血みどろの闘いが続く中、数少ない登場シーンで清涼な空気を吹き込んでくれる劉詩詩の存在は貴重だ。いわば物語の清涼剤的な役割で、医館の娘・張嫣を演じた葉青も、そういう理由でキャスティングされたのだろう。二人とも「成熟した大人の女」というよりも、清楚で可憐な少女という雰囲気だし。この映画にもっと大人の、色気あふれるゴージャス美女が登場していたら暑苦しかったかもしれない。
ただ、12才の周妙彤の登場シーン、あそこで劉詩詩とは別の子役を使うのなら、沈煉も張震ではなく、別の10代の俳優を使った方がよかったのでは。あのシーンの沈煉は恐らく18〜20才くらいの設定で、だから張震も若作りメークをしているのだが、どう見ても18〜20才には見えない。せいぜい20代後半くらい。なのであの場面、12才の周妙彤を見つめる沈煉がロリコンに見える。実際はあの時一目惚れしたわけではなく、その後じわじわ恋していったんだろうけれど。

という訳で、しつこいようだが劉詩詩は悪くない。ただ脚本が、周妙彤を沈煉の引き立たせ役にしてしまっている。劉詩詩はその脚本に忠実に演じている。自分を守って闘う沈煉をぼんやり眺めているだけなのも、両思いだった嚴家の公子が死んだショックを引きずっているからだろうし。それもこともあろうに沈煉が嚴家の公子を殺したというのだから、そりゃ沈煉を恨むだろう。張震が巧みに演じているので見る者はつい沈煉に肩入れするが、ふと冷静になると沈煉もけっこうKYである。女に好かれていない、むしろ恨まれているんだから、潔く身を引くのも愛だろという感じ。だがそれを言ったら物語が成立しないし。

余談だが、周妙彤は『ネバーエンディングストーリー』の幼ごころの君に似てる。

●盧剣星……王千源(ワン・チエンユエン)
安易にイケメン三兄弟にせず、長兄にこの人をキャスティングしたところにこの映画のセンスを感じる。いやー、実にいい味出してますお兄ちゃん。
次兄がクールで鋭い感じのイケメン、三男はかわいい系のイケメンで、普通なら長兄は落ち着いた優しい感じのイケメン(現代だったら眼鏡キャラか?)をキャスティングするんだろうけど、それってあまりにも安っぽく感じて私は萎える。それより決してイケメンではないけれど、背負ってきた人生を感じさせる王千源の深みのある演技が、この映画に風格と味わいを与えていると思う。

頭が切れて自信家の沈煉が兄と慕っているのが、見るからに人が良さそうなのほほんとした盧剣星という、このギャップもいい。盧剣星って見た目はトボケた感じだけど、あの沈煉が忠誠を捧げるくらいだから、実はかなりの剣豪で、そして人徳あふれる性格なのだろうと見る者に想像させてくれるのだ。

それにしても盧剣星の境遇と、そのささやかな夢は身につまされる。沈煉が魏忠賢の隠れ家襲撃に応援を呼ぼうとしたとき、盧剣星が彼を遮るシーンは、この映画でもっとも胸にしみた。百戸に昇格したくて、でもコネも金もなくて。だから彼は魏忠賢を殺す任務を「昇格のまたとないチャンス」と捉え、自分たち三人だけでやり遂げて、手柄を独り占めしようとする。が、チャンスどころか、それは彼ら兄弟の破滅への入り口だったという。

盧剣星が着ている錦衣衛の官服にも注目したい。下の弟二人と違い、彼の服だけ襟に当て布がつくろわれている。彼はそれだけ長い間この官服を着ているのだということが、この貧乏臭い当て布からうかがえる。だからこそ、百戸への昇格を焦っているのだと。この映画の、細部まで行き届いたこだわりが感じられる部分だ。

盧剣星の、この映画での描かれ方も切ない。けっこういい年なのに独身で、年老いた母と二人暮らし。また、下の弟二人には色恋ネタがあるのにこの人だけなくて、さらに下の弟二人にはそれぞれ一対一の決闘シーンがあるのに、この人だけなし。(魏延との一対一の決闘シーンは、撮影はしたけれど映画ではカットされたとか)
極めつけは処刑シーン。沈煉の罪を肩代わりして死んでいく涙涙の場面なのに、靳一川の亡骸を前に沈煉が嗚咽するシーンの、その合間に挟まれるカットバックで処理される。かわいそうすぎる(泣)。靳一川だけでなく、盧剣星の死亡シーンも個別にちゃんと見せてほしかったけど、それをやると沈煉が嘆き悲しむシーンが二回続くことになり、くどいと監督は判断したのだろう。

●靳一川……李東学(リー・トンシュエ)
童顔でかわいい顔立ちなのに、うっすらあごが割れてる。ケツあごなのにかわいいってすごい。三兄弟の末弟なのに一番背が高く、頬もぷくぷくしていて、三兄弟の中で一番健康そうなのに、肺病もち。色々とギャップがあって、それが魅力か。
短めの双刀の使い手で、その刀を片手でくるくると回す仕草がかっこ良い。できればもうちょっと活躍シーンが見たかった。

●趙靖忠……聶遠(ニエ・ユエン)
映画を見て驚いたのが、趙靖忠が予想以上に魅力的だったこと。強くて美しくて狡猾で、でも人間的な弱さも感じさせる、見事な演技だった。ドラマ「三国志 Three Kingdoms」の趙雲役しか知らなかったけど、ヒーローである趙雲よりも、悪役である趙靖忠の方がずっと魅力的に映った。
しかしまさか宦官がラスボスとは。しかも映画の中では丁修と一、二を争う強さだし。宦官がこんなに強くてアリなのか。しかし趙靖忠が妙に沈煉を殺すのをためらっていて、三兄弟で一人だけ生き残っても見逃してやったりしたのは、「実は沈煉が好き」という裏設定でもあるのだろうか。だって丁修に殺しを依頼するなら、相手はまずは靳一川じゃなく沈煉でしょうよ。
その一方で、彼は魏延が好きなのかも、と受け取れる描写もあったりして。

●丁修……周一圍(ジョウ・イーウェイ)
恐らく、武術の強さは登場人物中ナンバーワン。他ならぬ路陽監督がそう発言したという情報もある。闘いで不敗なのはもちろん、闘いで劣勢になる場面が一つもない。これは映画中で彼だけだ。沈煉とは闘いそうで闘わなかったけれど、もし闘っていたら、たぶん沈煉が負ける。そう感じさせる描かれ方だった。
それだけ強いのにチンピラ浪人で、師弟の靳一川からしつこく金をゆすり取っていて、だが根っからのワルというわけでもない。この丁修の存在が、この映画を単純な勧善懲悪ものにせず、物語に深みを与えていると思う。

●魏延……朱丹
個人的には劉詩詩よりも、この人の方が「なんだかなー」と感じた。テレビの人気司会者らしいけど、彼女が出てくるととたんに画面が安っぽくなる。まるでテレビのバラエティ番組のコントを見ているようで、萎えた。

●張英……喬磊
王千源に次いでいい味を出してたおデブちゃん。悪役なんだけど、愛嬌があって憎めない。特に沈煉が弓から放った救援信号を、とぼけた顔つきで眺めるシーンが秀逸。映画中、実は唯一の笑えるシーンかもしれない。
噂では、演じた喬磊は俳優ではなく、助監督が特別出演しているとか。俳優ではない人に出演させるとは。それだけ、張英のイメージにこの人がぴったりだったのだろう。その気持ちはよく分かる。顔のパーツが全部真ん中に集まった、この顔立ちは得難い個性だ。

【まとめ】
見る前の期待が大きすぎたせいで、見終わったら「うーん」と思う部分が多く、色々と欠点も挙げつらねたが、それでも私はこの映画が好きだ。だからこんな、無駄に長いレビューも書いた。好きな理由はやはり、とても真面目なつくりだということ。そしてそこはかとなく漂うB級っぽさ。それだけで愛すべき映画になるには充分なのだ。
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見る阿呆2015(3)
 ■8月13日・徳島市
この日は朝から晩まで、まさしく阿波踊り三昧だった。その前にまずは腹ごしらえ。昨日も行った「セルフうどん やま」で、朝うどんをいただく。朝からうどん。しかも肉うどんで、さらに揚げ卵つき。朝からどんだけ食べるねん。
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うどんを食べながら「阿波踊り見物ガイド」を読む。阿波踊りは夜しか楽しめないと思っていたけど、日中も色々なイベントをしているらしい。まずは朝11時から、「阿波おどり会館 特別公演」を見ることにした。この日は無双連が出演するらしい。昨夜、南内町演舞場でも独特のキレのある踊りを披露していた連だ。
阿波おどり会館に着いたのが10時前。11時公演のチケットは売り切れてるかもと思ってたけど、普通に買えた。
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特別公演が行われるホールはこじんまりした小ホールで、開演前には満員になった。公演では、踊りはもちろん、司会も無双連の人がつとめて、それがサマになってたのは驚き。どんだけ多才なんだ。それだけ、有名連は阿波踊り期間中だけでなく、色んな時期に色んな場所で公演していて、慣れているということだろう。
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昨夜見た時も感じたが、無双連の踊りは独特だ。男踊りは赤いうちわを鮮やかにひるがえし、他では見られない直線的な手さばきで力強く踊る。女踊りはつま先を立てないベタ足で、「これが昔の踊り方。これを守っているのは無双連だけ」と司会者は言っていた。
二晩続けて無双連の踊りを見て感じたが、私は男踊りはこの連が一番好きかも。独特の直線的な手さばきが小気味良い。

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阿波おどり会館という場所柄か、お客の大半が県外からの観光客(実際に司会者が挙手させて集計を取った)。途中でお客も舞台に呼ばれて、連と一緒に踊る演出もあり、優秀者は舞台上で表彰された。(全てのお客が強制的に踊らされるわけではない。希望者のみ)

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公演後は、無双連の人と一緒に記念撮影も撮れる。※写真の女性は私に非ず

阿波おどり会館を出た後は、昼ご飯を食べて、13時からの「選抜阿波おどり大会」に備える予定だった。だが朝に肉うどんを食べたのであまりお腹が空いていないし、また道中にあまりそそられる飲食店がない。そこで一昨日も行った駅横のチュロスカフェに再び行く。というのも一昨日、夜からの阿波踊り見物時に食べようとチュロスを買ったものの、夜、食べる頃にはすっかり固くなっててあまりおいしくなかった。そこでリベンジすることにしたのだ。
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生チョコチュロサンデーをイートインで食べる。揚げ物はやっぱり揚げたてがおいしい、という当たり前のことを再認識。冷たいソフトクリームとの相性も抜群。

チュチュチュロスカフェ
http://chuchuchurros.com/

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腹ごしらえもすませて、「選抜阿波おどり大会」が行われるあわぎんホールへ。まだ開場前なので会館裏の橋で涼んでいたら、この日のトリをつとめる阿呆連の人たちが裏口から入場していった。小さい男の子が「阿呆連や!」とキラキラした目で言う。破れ番傘の衣装を見ただけで阿呆連と分かるとは、徳島での阿呆連の人気のほどがうかがえる。

この「選抜阿波おどり大会」は、午前中に見た「阿波おどり会館 特別公演」とは対照的に、徳島県人のお客が多いように感じた。踊りを観覧中に聞こえてくる会話が、「踊りを見慣れてる」という感じで。
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「選抜阿波おどり大会」というだけあって、徳島市の連だけでなく、他の市からも参加していた。この金長連は小松島市から参加。情緒あふれる踊りが印象的だった。

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沿道で見るのと、このようにホールで見るのとは阿波踊りの印象がまるで変わる。照明も凝っていて、この舞台では踊り子の衣装の色に合わせた照明になっている。

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トリを飾った阿呆連。「阿波の阿の字は阿呆の阿」というノボリにも自信がみなぎっている。「こんな演出もあるのか」という斬新な仕掛けがいっぱいで、人気ナンバーワンの連ということを実感。だが他の連もみな素晴らしく、阿呆連のレベルが飛び抜けて高い、という感じは特にしなかった。

公演を見終わったら小腹が空いていた。今度はちゃんと食事を取ろうと、行列ができていた三八製麺所で徳島ラーメンを食べる。店の横の壁には「連員募集」の貼り紙が。こういう貼り紙は徳島市内でよく目にするが、練習は週に何日、何時間くらいなのかとか、待遇面は一切書かれていない。仕事じゃないから給料とかはないんだろうけれど。
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ラーメンを食べ終わったのが15時。そろそろ、無料演舞場の席に座って場所とりすべきか。そう思って、昨日も通った両国本町演舞場に向かう。ちょうど本部席の向い側の最上段席が空いていたので、らっきーと思いそこに座る。ローソンの向かいでもあるので、ローソンのwifiにつなげられるのも好都合だった。
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しかしまだ15時すぎ。暑い。この状態で18時の阿波踊り開演まで待つんか〜と思っていたら、やがて雨が降り出した。傘を用意してなかった人には悪いけど、この雨でだいぶ暑さがやわらいで助かった。
雨はどんどん激しくなり、このままだと祭り中止では……と危惧していたら、開演直前にピタリと雨がやんだ。(途中でまた降り出したけど)

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さゝ連の踊り子さん。桟敷席のすぐ前まで来て踊ってくれて、盛んにカメラのフラッシュを浴びていた。

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有名連のサポートを受けながら、にわか連の人たちも踊りながら行進。

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昨日も書いたが、見るたびに腰をいわしそうな踊り方だと思う葉月連の黒ハッピ。

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どの連にもたいてい一人は、実に味のある踊りを披露するおじさんがいる。動きにスピードはないんだけど、とぼけたような愛嬌あふれる表情込みで魅せてくれる。

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若さあふれるハツラツとした踊りを披露した四国大学連。青春映画のワンシーンのよう。

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有名連じゃない連、たとえば企業連とかにはあんまり踊りは期待しないもんだけど、たまに予想を裏切る踊りを魅せてくれる企業連も。純粋に祭りを楽しんでいる雰囲気がいい。

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本家大名連。右手前、一人だけ鉢巻きをしてないお兄さんはこの連の名物男らしく、昨日見た時も、そして今日もバチをくるくる回すパフォーマンスで観客を湧かせていた。

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心酔連。客席に向かって太鼓を叩いてくれるのは実は珍しいかも。

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私がこの日、もっとも見事だと思ったのは阿波扇。扇をくるくるひるがえしながら、一糸乱れぬパフォーマンスで行進してくるサマは華やかでダイナミック。手前の女性は、今年の阿波踊りのポスターに登場してる人かも?似てる。

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阿波扇の女踊り。この他にも男踊り、ちびっ子踊りもあって見応え抜群。

阿波扇を見たらもう充分満足したわたし。時間も22時前だしそろそろ帰ろうかなと落ち着かなくなる。今夜は高松に移動してそこのホテルに泊まる予定で、高松行きの電車の最終が22時41分。だから22時20分くらいまではこのまま踊りが見れるのだが、もう充分阿波踊りは堪能したし帰ろうかなあと迷いつつ席に座っていたら、最後に思いがけないサプライズがあった。一昨日、鳴門市で見たうずしお連が踊りこんできたのだ。
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鳴門市からの参加ということで、いわば「鳴門代表」。今回も次々と構成を変えてうずしおを表現する、統制のとれた踊りを披露。太鼓も迫力抜群で前の席の女性が「すごい」と嘆息していた。

思いがけずまたうずしお連の踊りが見れたことで、今度こそ満足した私は席を立った。鳴門市、徳島市と三日間に渡った阿波踊り見物はこれでおしまい。無料演舞場、有料演舞場、小ホール公演、大ホール公演と、色んなシーンの阿波踊りを見物した三日間。意外だったのは、阿波踊りといえばすぐ浮かぶあの「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」がほとんど聞けなかったことだ。このフレーズを歌っていたのは企業連、それも1、2連だけ。有名連は全く歌わず、かわりに「一かけ二かけ三かけて」から始まるフレーズをよく歌っていた。

徳島市だけでなく、先に鳴門市の阿波踊りが見れたこともよかった。徳島市の阿波踊りの規模の大きさがよく分かったし、また徳島県内の他の市でも、徳島市ほど規模は大きくなくても、それぞれに阿波踊りを楽しんでいることが分かったから。

高松に向かう電車の中、電車の走行音が、鳴りもの隊のお囃子に聞こえて仕方がなかった。
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見る阿呆2015(2)
11日の観覧紀ではなんだか冷静に「阿波踊り初見物」の感想をつづっているが、あれは一晩たった後に書いたからであって、実は初めて阿波踊りを見た瞬間、私は感動の涙を流していた。私はけっこう感激屋で、スポーツの試合などでもすぐ泣く。阿波踊りを見て泣いたのは、この一年間のたくさんの人の思いと努力が、このわずかな時間に凝縮されてるんだなあと思うと、こみあげてくるものがあったからだ。

■8月12日・徳島市
阿波踊り期間中は、徳島市内のホテルは予約がとりづらいだろうなあということは、想像はしていた。だがいざホテルを探してみて、私は阿波踊りをなめていたことを痛感した。8月12日に泊まれるホテルが、本当に一件もない。今、これを書いているのは8月13日の朝、阿波踊り会館の二階ロビーで阿波踊り公演が始まるのを待っている間だが、私の隣に座っている家族が「昨夜は泊まるところがなかったので車の中で寝た」とか話しているし。車はある意味「走る個室」なんで寝るのはまだなんとかなっても、この夏の暑い時期にシャワーを浴びれないのは辛いだろう。
私も旅行前にホテルが見つからなかったときは「最悪ネカフェで泊まろう」と思ったが、そのネカフェも徳島にはあんまりなくて、阿波踊り期間中はすぐ満員になるのだとか。本当にハンパない。

結局、近隣の駅まで範囲を広げた結果、徳島駅から電車で約45分離れた鴨島駅近くの旅館を押さえることができた。そう、ホテルではなくて旅館。トイレとお風呂は共同で、もちろんwifiも通っていない。
だがどうせ寝るだけだから、別にいい。それより駅の目の前の立地というのがありがたい。阿波踊り観覧後、宿に帰るのはどうしても深夜になるから、駅から近ければ近いほどいい。
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鴨島駅

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鴨島駅のホームに貼られていた祭りのポスター。左がさぬき高松まつり。右が徳島市阿波おどりで、写っている女性は「阿波扇」の踊子だそう。
こう言ってはなんだが、やはり徳島市の阿波踊りは全国区で、高松まつりは地元民向けという感じが、ポスターが二枚並ぶとよく分かる。高松まつりは徳島のように、全国から観光客を誘致しようという気があまりなさそう。
私はこの後、8月14日に高松市に移動し、全国一長いといわれるアーケード商店街を散策した。あいにくその日の16時に大阪に帰ったので、その夜行われる高松まつりは見れなかったが、商店街で総おどりが行われるらしく、その準備が進んでいた。

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昼食は徳島駅前の「セルフうどん やま」で。人気店らしく、14時を過ぎていたのに店内はほぼ満席。
この後、高松で食べた「さか枝」のさぬきうどんがおいしすぎてこの「やま」のさぬきうどんの印象が薄らいでしまったが、やはり四国、レベルは高い。翌朝も、私はこの店で「朝うどん」を食べた。駅前という便利さもあり、次に徳島に行ったらまたぜひ利用したい。

セルフうどん やま
http://grand-p.co.jp/yama/

この日は20時半から、南内町演舞場で踊りを観覧する予定。すでにチケットも買ってある。それまでの時間、街中をぶらぶら散策した。
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南内町演舞場の前を通りかかると、「映画・眉山ロケ地」という弾幕が誇らしげにかかげられていた。

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南内町演舞場の目の前、両国橋には阿波踊りの銅像が。

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両国通りには無料演舞場が設けられている。踊りが始まるのは18時だが、15時のこの時間から、すでに席に座って待っている人がいた。無料なので、席は早いもの勝ちなのだ。だが座って待っている人は少数派で、座る代わりに、座席に紙などをテープで貼って場所取りしている人が多かった。

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この両国演舞場はもっとも距離が長く、「踊子泣かせ」らしい。そのことをもじった、両国通りの飲食店の立て看板。

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徳島が「アニメの町」として町おこししていることは前に書いたが、市内の地鶏料理店の店頭に貼られたポスターもアニメ絵。

この日も猛暑日で、散策していると暑さでちょっとばててきた。そこで去年も行った「阿波おどり会館」に涼みに行く。あそこは土産物スペースが広く、見ていて飽きない。

当たり前だが、去年9月に来た時とは比べ物にならないくらい観光客でにぎわっていた。阿波踊りに関するみやげも豊富に揃うが、驚いたのは、有名33連、それぞれのグッズがあること。どうやら徳島では、有名連はタレント並みの人気と知名度があるらしい。
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中でも、圧倒的に人気があるのが阿呆連。私が見つけた33連グッズは2種類だが、どちらも阿呆連グッズが売り切れていた。
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涼みがてらお土産スペースをうろうろしていると、やがて外から太鼓の音が聞こえてきた。つられるようにして会館を出ると、すぐ隣の眉山天神社の階段下で、連の人たちが練習をしていた。
時計を見ると17時過ぎ、いよいよ阿波踊りの初日が開幕するという雰囲気が高まってきた。

夕方になって少しは涼しくなってきたので、そのまま眉山天神社の階段を登る。この神社は、中の施設が連の「楽屋」に割り当てられているらしく、いくつかの連が荷物を運んだり、振り付けの練習をしたりしていた。
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体操ポーズのお地蔵さん。その向こうでは連が踊りの練習中。リーダーが「しんどいけど、基本的に腰は落として踊ること。その方がかっこよく見える」と指導していた。
阿波踊り、特に男踊りって、いかにも腰をいわしそうな踊りだわ…。

そうこうしているうちに18時。上空に花火があがって、いよいよ今年の阿波踊りが開幕した。だがまだ空は明るいため、花火が見えない。もしかしたら花火ではなく、爆竹かもしれない。まあそんなことはどうでもいい。
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ビルの屋上にデビルマンを発見。下界で行われている祭りを見物してるみたい。

私が有料演舞場に入れるのは20時半から。それまで無料演舞場で踊りを見ようと思ったら、甘かった。無料演舞場はどこも見物客で分厚い人垣ができており、そのすきまから踊りを見物。
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四国電力・徳島支店前も阿波踊り会場に。ここでは平和連の踊りを見物。

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踊り終わった連の人たちは、次の演舞場へと歩いて移動する。その様子を普通に見て、気軽に話しかけたりしている地元民。私のような観光客は、連の人たちの隣を歩くのも遠慮してしまうのだが。先に書いた事と矛盾するようだが、徳島市民にとっては有名連といっても、知り合いがその連に入っていたりして、「町の人気者」的な親しみのある存在なのかも。

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移動中も歌い踊っていた、サービス精神あふれる「ほると連」の人たち。祭りを心から楽しんでいるようで、見ている方も楽しくなる。

歩き疲れたので、幸町公園のベンチで休憩。座ってから気づいたが、目の前に集合写真を取るための椅子などが設置されていて、次々に色んな連がやって来て写真を撮っていた。中でも面白かったのは、徳島市国際交流協会連の人たち。メンバーの半分は外国人で、リーダーの黒人のお兄さんがカタコトの日本語で「ヤットサー!」と呼びかけていた。そして黒人のドレッドヘアーのお姉さんの、ハッピ姿のかっこいいこと。
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高張り提灯を持つ白人のお兄さん。足元は足袋ではなくスニーカー。

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日本生命連の皆さんも記念撮影。
そんな風景をぼーっとベンチで見ていうるうちにだんだん空が暗くなってきた。演舞場の第二部は20時開場。街中がぞめきのリズムで沸き立つ中、人ごみをかきわけて南内町演舞場に向かう。

だがタイミングが悪い事に、ぽつぽつ雨が降り始めた。かと思うとまたやんだり。不安的な雲空の下、南内町演舞場に行くと、演舞場周辺には行列ができていた。
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南内町演舞場は新町川沿いに設けられており、入場を待つ間も、川からの風が心地よい。

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雨が降ったため座席が濡れていて、その清掃のため開場が20分ほど遅れた。ようやく場内に入って席につく。南内町演舞場の川側、A席。本当はS席が良かったけれど、一ヶ月前にはすでに完売していた。

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いよいよ開演。トップで踊りこんできたのは葉月連。トップだけあって、祭りのムードを盛り上げるとても小気味いい踊り。そして粋な黒ハッピのお姉さんたちの、腰を深く落とした踊り方が、かっこいいけどいかにも腰が辛そう。男踊りの自由奔放な乱舞も迫力満点で、後ろに座る若い男性がしきりに「すげえ!」と感嘆していた。

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この演舞場はびっくりするほど踊り子と観客の距離が近く、臨場感あふれる踊りが楽しめる。客の目の前まで踊りこんできた踊り子は、カメラを向けられると「どう?」とばかりに満面の笑み。撮られることに慣れているというか、プロである。
徳島市は観客もプロだ。「踊り子たちを盛り上げよう」という意識が高く、かけ声などで場を盛り上げるのがうまい。
たとえば昨日の鳴門市では、私が座った有料演舞場の周りの観客たちだけかもしれないが、目の前で連が踊っているのに、その向こうにいる吉本新喜劇の役者に目が釘付けで、「はよサインもらいに行って!」と子どもをたきつける親が何人かいた。だが徳島市ではみんな目の前の踊りに集中していて、拍手や歓声はもちろん、ここぞというタイミングで「いよーっ!」「かっこいいーっ!」などと盛んに声をかけていた。なんというか、踊る方もプロなら、見る方もブロ。踊り子も見る側も、「盛り上げ方をわかっている」という感じ。
対する鳴門市はいい意味で「ローカルなお祭り」で、時には新喜劇の芸人の方に目を奪われたりと、のんびりと自分のペースで祭りを楽しんでいる。それぞれに個性があり、どちらも楽しい。

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ほんま連。若い女性たちで構成されているという女ハッピ踊りの、あふれんばかりの健康美。笑顔も輝いていて、まさに「ピチピチ」という死語が似合う。この夜、このシーンだけアイドルのコンサート的な観客の盛り上がりを感じた(笑)。

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祭りがいよいよ盛り上がる後半、突然雨が降り出して、桟敷席にいっせいに傘の花が咲いた。そして、雨に負けじとますますエネルギッシュに踊る踊り子たちに声援が飛ぶ。

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通り雨はしばらくして止んだ。終盤は無双連、阿呆連と、人気連が立て続けに踊りこんできて観客の興奮もヒートアップ。写真は阿呆連。

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躍動する踊り子たちの、地面に映るシルエットもまた美しい。

旅行前に「鳴門と徳島はレベルが違う」と聞いていた。その「レベルの違い」を端的に感じたのは、実は子どもたちの踊りだった。徳島市の阿波踊り、特に有 名連の子どもたちはめちゃくちゃ上手い。鳴門市の阿波踊りでは、子どもの踊り子が出てくるといささかだらけていた私だが、徳島市では子どもたちの上手さに 終始目が釘付けだった。

そしてこの日、トリを飾ったのは「レレレの連」。アナウンスでは「人気連」と言っているし、トリを飾るからさぞかし凄いんだろうと思っていたら、脱力系の連だった(笑)。というか、あれを阿波踊りと言っていいのか。アイデアとネーミング勝ちという感じ。だが祭りを見終わった後、もっとも耳にこびりついたのが「レレレの連!」というかけ声なんだから、なんだか負けた気分。

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そしていよいよフィナーレ、南内町演舞場ならではの総踊りが始まった。これがあるから私はこの演舞場の二部のチケットを買ったのだ。鳴りもの隊が演奏しながら行進してくるさまは圧巻。
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鳴りもの隊の一人が、途中で桟敷席に上がり込んで笛を吹いていた。
踊り子たちもわりと整然と踊りながら行進していて、鳴門市の総踊りのような、連たちがごちゃ混ぜになって自由に乱舞する、というシーンはなかった。もっと乱舞すると思っていた私はちょっと意外だったけど、この演舞場は道幅が狭いので仕方ないのだろう。

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踊りが終わって演舞場を出たのが22時40分頃。23時の電車に乗るため夜道を急ぐ。ふと見上げると、ライトアップされたデビルマンが夜の町を見下ろしていた。
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見る阿呆2015(1)
去年9月に仕事で徳島を訪れて以来、今、約一年ぶりに徳島に来ている。去年の徳島滞在中に徳島の人から阿波踊りのことを聞き、一度ナマで見たくなったからだ。

去年の徳島滞在記「徳島がアニメのマチだったとは」
http://still-crazy.jugem.jp/?eid=297

■8月11日・鳴門市
去年は和歌山港からフェリーに乗って徳島に行ったが、今回、事前に調べると、大阪市内から高速バスに乗って徳島に行くのと実はそれほど値段が変わらなかった。そこで今回は高速バスで行くことにした。JRなんば駅直結のOCAT内のバスターミナルから出発して、徳島駅まで3時間弱。退屈しそうだったので、バスの出発待ち中に、急に文庫本を買おうと思いついた。それも司馬遼太郎の『項羽と劉邦』が読みたい。幸いOCATには大きな書店が入ってるし…と思って館内表示を見たら、いつのまにか「コミックと雑誌」だけの書店になっていた。がーん。

仕方ないので、5分ほど離れた地下街の書店に行く。それほど大きな書店ではないので期待していなかったが、『項羽と劉邦』があった。らっきー!と思って値段を見たら、710円。た、高い……。だがそもそも本を買うこと自体、久しぶりだし。モノを増やしたくないので、本はもっぱら図書館で借りている。だが出発直前に読みたかった本にどんぴしゃで出会えたのは幸運だと思い、その本を購入した。
新品の本ならではの新鮮なインクの匂いは、やはりいい。
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買ったばかりの文庫本をかばんに入れて、バスに乗って出発。夢中で小説を読んでいるうちに、ふと窓の外を見ると海が広がっていた。もうすぐ鳴門海峡を渡るのだ。
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徳島駅に着いたのは、定刻より30分遅れの14時半。今夜は鳴門で阿波踊りを見るので、この後すぐまた電車で鳴門駅に向かう予定だ。が、その前にお昼ご飯。バスに乗っている時から、「お昼ご飯は徳島ラーメン」と決めていた。いざ徳島について、さあどの店に行く?となると、やはり去年も行った「麺王」に足が向く。なんといっても徳島駅のすぐ近くだし、割とおいしいし。(というより、私はこの店以外で徳島ラーメンを食べたことがないのだが)
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この店のうれしいところは、カウンターに置かれた「ピリ辛もやし」が自由に食べられること。もやしがラーメンに入ってるんじゃなくて、ピリ辛に味付けされて、別にビンに入っているのだ。このもやしが、濃厚なラーメンとよく合う。口の中がさっぱりするのだ。

麺王
http://www.7-men.com/menou.html

一年ぶりに徳島ラーメンを食べた後は、チュロスを買いに徳島駅に戻る。去年ここに来たときにも行ったチュロス専門店「チュチュチュロスカフェ」で、支店が徳島駅前にできたと聞いていたから。しかし本当に、去年行った店にしか行ってない……開拓者精神はないのか、開拓者精神は。

チュチュチュロスカフェ
http://chuchuchurros.com/

チュロス専門店は駅前というより「駅横」にあった。ここではチュロスだけ買う予定だったが、揚げあがるのを待ってる間にメニューを眺めていたら、ソフトクリームを発見。カップとコーンの2種類あったが、いつもコーン派の私はこの時も何も考えずにコーンのソフトクリームを買った。
だが外は猛暑。店を出て10歩も歩かないうちにソフトクリームがとけだし、コーンを伝って下にぽとぽと落ちた。焦って、歩きながら急いで食べる。だってこの後すぐ、鳴門駅行きの電車に乗らないといけないし。あんなに急いでソフトクリームを食べた経験はあんまりない。

だがどんなに焦っても、ソフトクリームってそんなに一気に食べられるものではない。結局、2/3ほど食べたところで、残りを駅のホームのゴミ箱に捨ててしまった。食べかけのソフトクリームを捨てたなんて初めてかも。何の考えもなしにコーンタイプを選んだ私が馬鹿だった。

徳島駅から鳴門駅へは、一車両しかないワンマン電車に乗って行った。各駅停車で、たぶん乗ってる観光客は私ひとり。他は地元民ばかりのようだった。
と思っていたら。鳴門駅に到着したとき、私の他にも電車の写真を撮ってる人が2名いた。うち一人はお遍路スタイル。
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鳴門駅。思っていたよりずっと小さな駅で、駅前の通りも、阿波踊り開催期間中とは思えないほど閑散としていた。

駅近くのホテルにチェックイン。事前にネットで「JR鳴門駅西側特設演舞場」のチケットを買っていた。18時半開場なので、しばらくホテルで休んでから、18時すぎにホテルを出る。

着いた時は「ほんとに阿波踊り開催中なのか」と思うほど閑散としていて、お祭りムードがみじんもなかった街だが、この時間になると屋台が立ち並び、浴衣姿の女性や子どもたちが行き交っていて、お祭りムードをかもし出していた。私も自然と気分が浮き立ってくる。観光客が押し寄せるような大きな祭りじゃなくて、いかにもローカルな、地元民のための祭りというこじんまりした雰囲気が心地よい。
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鳴門駅前に設けられた演舞場。日が沈もうとしている中、静かに祭りの開催を待っていた。

いい席で見たかったので、開演30分前に演舞場に入場し、本部席の斜め向かい側、最上段席に座る。阿波踊りの連は、本部席の前でもっとも力を入れて踊ると聞いていたからだ。

今年の鳴門市阿波踊りは吉本新喜劇とコラボしており、最終日のこの日も新喜劇の役者4人が参加していた。司会のアナウンスで四人の名前が紹介されたが、新喜劇に詳しくない私は末成由美さんしか分からなかった。が、演舞場にいる他のお客に圧倒的に人気があったのはすっちー。踊っているときはあちこちから「すっちー!」の声が飛び、席に座るとサイン責めにあっていた。
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客席でじっくり観覧する暇もなく、次から次にサインを頼まれていたすっちー(左から2番目・左端は末成由美さん)。
だが私は吉本新喜劇の美魔女、由美姉さんに視線が釘付け。なんたってこの黒いモンペ姿の粋なこと!
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踊る姿も、吉本の四人の中で一番サマになってたように思いますよ姉さん。
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左から2番目が由美姉さん、左から3番目がすっちー。

吉本新喜劇の四人が「うず潮連」の先頭に立って躍り込んできて、この夜の阿波踊りがいよいよスタート。
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一言で阿波踊りといっても、連によってそれぞれ個性がある。この連の「女踊り」は夜空に映える鮮やかなピンクの衣装、そして弾むような踊り方に特徴があった。

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優雅な女踊りもいいけれど、私が好きなのは男踊り。ダイナミックで力強い。「暴れ踊り」は特にパワフル!

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女性なのに男性のような衣装を着て「男踊り」のような踊りをしている女性もけっこういた。そこらへんは「男と女」の境目が柔軟に変化してきているのかも。
追記と訂正:阿波踊りを二日続けて見て気づいたが、実はこの踊りは「女ハッピ踊り」というらしい。阿波踊りについて何の知識もなしに、分かった風な感想を書いてしまった。

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鳴りもの隊(と司会の人は呼んでいた)が奏でるお囃子は、ブラックミュージックのようなうねるリズム、グルーブ感があって心地よい。このお囃子も、連によって個性はさまざま。着物の着こなし方も、人それぞれに微妙に違う。袖をまくりあげている人とか。


ほとんどの連は出口付近で、フィナーレとばかりに盛大に太鼓を叩き上げる。この時に腰を揺らしてリズムを取るのが官能的。
写真は、トップで踊りこんできたうずしお連。鳴門市の有名連らしく、徳島市の阿波踊りにも参加して、その迫力ある太鼓で観客を湧かせていた。

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途中で、一般客も参加できる「にわか連」の踊りがあった。先頭に立って踊るのは鳴門うずしお大使の二人。その後ろで踊っている着ぐるみは、見るからに暑そう。中の人は大丈夫なのか。

それぞれの連にはけっこうな割合で子どもたちも混じっており、拙いながらも懸命に踊っているのだが、そんな子どもの踊りを見ても「かわいい」とかあんまり思えない心の冷たい私。「ぎこちない子どもの踊りより、もっと上手い大人の踊りが見たい」とか思っていた。でも子どもたちも参加できるからこそ、こうして阿波踊りが脈々と受け継がれていってるんだよね。

「鳴門市連」というのもあって、鳴門市長が先頭に立ってノリノリで踊っていた。この市長は最後の総踊りでも皆の真ん中でエネルギッシュに踊っていた。「踊る市長」だ。
また鳴門らしく、踊りで「うず潮」を表現していた連も多かった。
しかしどの連も、基本的にその連の人たちはみな同じ振り付けだから、「上手な人」とそれ以外の人との差がよく分かる。そして自然と上手な人を目で追い続け ることになる。身のこなしが軽やかな人とか、手先・足先がぴんとまっすぐ伸びている人。そういう人は優雅で、疲れているはずなのにそれをちっとも感じさせ ない。
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それぞれの連の個性あふれる衣装も楽しみ。こちらは徳島名産のすだちを連の名前にしている「すだち連」。衣装もすだちがモチーフ。

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たくさんの連を見たが、私が一番「上手い」と思ったのはのんき連かも。先にアナウンスで「歴史がある連」と聞いたから、先入観込みかもしれないけれど。

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フィナーレは、鳴門市阿波踊振興協会に所属している6つの連による総踊り。これは圧巻。というか私が今まで抱いていた阿波踊りのイメージ(テレビや本でよく見る)は、この総踊りなのだと初めて分かった。

夢中で見ていたら、コンデジを桟敷席の下に落としてしまった。なので仕方なくその後はガラホ(ガラホ×ケータイのSHF31)のカメラで撮ったのだが、なんとコンデジよりキレイに撮れた(笑)。
踊りが終わってお客もほとんど帰ってから、係の人に「コンデジを桟敷席の下に落とした」と言ったら、釣り竿のようなもので拾い上げてくれた。ああいう釣り竿が用意されているということは、けっこうよくあるアクシデントなのかも。

一夜明けた今日は、徳島市の阿波踊りを見る予定。聞くところでは、鳴門市より規模が大きく、踊りのレベルも高いらしい。だがたとえそうだとしても、生まれて初めて見た阿波踊りとして、この鳴門市の阿波踊りはあたたかい思い出とともにいつまでも胸に刻まれることだろう。

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孫権考
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左から孫権、劉備、曹操。孫権の切れ長の目が、チャン・チェン演じる孫権に似ていなくもない。


前回の記事にも書いたけれど、この前の中国旅行で買った「歴代皇帝トランプ」。買ってから分かったけれど、中国の全ての皇帝を扱ってる訳ではなかった。それでも私は満足である。なぜなら、呉の皇帝として孫権のカードもあったからだ。
一部では「曹丕、劉備は皇帝を名乗る根拠があるけど、孫権には根拠がないじゃん」とも言われているし。確かに「他の二人が皇帝に即位したから自分も即位した」感が強い孫権だけど。でも中国で売っている皇帝トランプで扱われてるってことは、中国では孫権はきちんと皇帝として認められてるってことの証明だよね?(必死)でもこのトランプ、魏の皇帝として初代皇帝の曹丕ではなく、在位中は皇帝に即位しなかった曹操が登場しているから、単に「有名な三国志の英雄を登場させてみました」というミーハーな選出なのかもしれない。

とか書くと私がいかにも三国志に詳しそうだけど、実は全く詳しくない。でもその乏しい知識の中から語ることを許していただけるなら、三国の君主の中ではもちろん、全登場人物の中でも孫権が一番好きだ。別に「碧眼カッケー」とかいう理由ではない。(そもそも孫権が碧眼と書いているのは演義だけで、正史には孫権が碧眼という記述は一つもないはず)。
私が孫権に惹かれるのは、彼はあの時代にあって唯一、「中原を征した者が天下をとれる」という漢民族の固定観念から解き放たれた、先進的かつグローバルな人だったと思うからだ。
「孫権は曹操や劉備のように、領土を広げようと中原にうって出ず、自国にこもってばかり。天下統一の野心がない」というイメージが孫権にはあり、それが彼の不人気の一因でもあると思う。
だが「中原にうって出ないから、天下統一の野心がない」という批判そのものが、「中原=天下」という固定観念に凝り固まった古い頭の持ち主であることを露呈しているようなもの、と私には思える。そして孫権の凄さは、そんな古い観念にとらわれずに、中原だけではなくもっと外の世界、遥か海の向こうにまで視野を広げていた点にある。台湾、ベトナム、日本などに彼は多大な興味を持ち、実際に部下たちを船で送り出して外交していた。こんな君主は、三国時代には恐らく孫権だけだったのではないだろうか。その先進性に私は惹かれる。漢王朝の領域内におさまらず、もっと広い世界を見ていたスケールの大きさに。

もう一つ、孫権の不人気の理由として考えられるのは、「魏と蜀の間を行ったり来たりするコウモリ」というイメージだろう。
確かに演義などを読むと、蜀と同盟を結んだかと思えば魏に臣従して蜀を攻撃したり、かと思えばまたしれっと蜀と同盟を結んだりと、ブレまくりである。まったく節操がないというか、いったい何がしたいんだオマエって感じ。って、もちろん呉の存続のためにこのような「風見鶏」外交をしているのである。それは分かっていても、やはり他国、特に蜀のファンからすると「卑怯」という印象になるのは仕方ないだろう。だが私からすれば、外交と戦争を巧みに使い分けて生き残った孫権こそ乱世の英雄であり、理想的な君主だと思える。

え? 晩年の老害っぷり? あの程度で私の孫権への評価は揺るぎやせんよ。若い頃ならともかく晩年だから、「さすがにもうろくしたのかな」というフォローもできる。それにちょっと中国史をひもとけば、晩年の孫権より酷い皇帝なんかいくらでもいるし……って、「下には下がいる」「あれよりはマシ」みたいに相対化して孫権をフォローするのはさすがにみっともないか(笑)。
ま、要するに私は三国志ファンというよりも、ただの孫権ファン。晩年だってついひいき目で見てしまうのさ。

■蒼天賛美
孫権についてのイメージでよく聞くのは、「何を考えてるのかよくわからない」「つかみどころがない」というものだ。前述した風見鶏っぷりも、そんなイメージをもたれる要因の一つだろう。だから他の二人の君主、たとえば劉備が「仁君」、曹操が「冷酷」という一般的イメージがあるのに対し、孫権にはこれといった固定イメージがない。しいて言えば……「地味」?(笑)
そういえば私のケータイに入っている、ゲーム「上海」の三国志版。プレイヤーは3人の君主のうちから一人を選んでプレイするのだが、普通なら「劉備、曹操、孫権」の3人から選ぶと思うでしょ。なのにこのゲームでは「劉備、曹操、董卓」から君主を選ぶという……。なんで孫権やなくて董卓やねんと突っ込みたいが、要は孫権よりも董卓の方が「残虐非道」というキャライメージがはっきりしているので、制作側からしたらゲームを作りやすいのだろう。
ゲームだけではない。不人気かつ「つかみどころがない」ということもあって、これまで三国志を題材にした小説や漫画では、孫権は常にしょぼい扱いだったように思う。

だがそんな孫権の「つかみどころがない」イメージを「ミステリアスな魅力」へと昇華させ、またコウモリ外交は「家長として、家(呉)を守るため」という好意的な理由付けをして、これまでとは違う斬新・かつ魅力的な孫権像を描いてくれたのが『蒼天航路』だ。
もちろんこの漫画の主役はよく知られているように曹操であり、孫権は曹操とはもちろん、準主役といえる劉備と比べてもかなり出番は少ない。他の二人より一世代年下なので、登場そのものがかなり遅いため、出番が少ないのは仕方がない。だがその「一世代年下」というハンディともいえる部分を逆手にとって、作者の王欣太氏は彼を「成長する君主」として見事に描ききっている。そしてこれまでの三国志作品では主に「卑怯」「小物」という個性しか与えられなかった孫権が、この作品では年上の曹操、劉備と堂々と渡り合える「大物」としていきいきと描かれている。それが何よりも画期的だと思うのだ。これまで、孫権をここまで「大物」に描いてくれた三国志作品があっただろうか? 
この作品を読んで分かったことは、私は別に孫権が脇役なのが嫌なんじゃないんだ、ということ。別に劉備、曹操が主役で、孫権が脇役でもいい。嫌なのはえらく小物に描かれることなんだってことが、『蒼天航路』を読んで分かった。それが分かったのも、この作品の孫権が脇役にもかかわらず、魅力ある大物として存在感があったからこそ。王欣太アッパレなり。

というかそもそもプロの作家なら、曲がりなりにも「三国の建国者の一人」である孫権を、それなりに大物に描くことは当然かもしれない。なのにそれを怠り、孫権を小物または空気にしか書けなかった作者たちは、王欣太の爪の垢を煎じて飲めと私は言いたい。
「んなこと言っても、原作である演義からして孫権は空気なんだからしょうがない」と反論されるかもしれない。確かに演義、そしてそれを元に日本人向けに書き下ろした吉川英治の小説でも、孫権は影が薄い。だがあれらは「パイオニア」なのであれでいい。それくらい、ゼロから一つの作品を生み出すのは大変なことなのだ。
だがそれらパイオニアを元にした二次作品まで、元の作品そのままの孫権像をただなぞっているだけなのは、作家の怠慢ではないか。いやしくもプロの作家なら、もうちょっと斬新な孫権像を見せんかい!と常々思っていた私にとって、『蒼天航路』はまさに溜飲が下がる思いだった。

■張震賛美
『蒼天航路』と同じく、「思ったより孫権の扱いが良かった作品」に、映画『レッドクリフ』がある。まあ『蒼天航路』も『レッドクリフ』も、ぶっちゃけ事前に「孫権がけっこういい扱い」だと聞いていたからこそ読んだし、見たんだけどね(笑)。セコいとか言うな。何の予備知識もなしに三国志作品読むと、凹むことが多すぎるんじゃ孫権ファンは。

話を『レッドクリフ』に戻す。この映画の孫権は、『蒼天航路』とはまた別の意味で画期的だった。それは主にビジュアルにおいて。正史に胴長短足とか顎が角ばってるとかの記述があることから、これまでの孫権ってどちらかというと「ごつい」イメージで描かれることが多かったと思う。
だがこの映画の孫権は細い。顔立ちも細面だし、体型もすらっとした細身。性格もそんな外見に合わせて繊細で、だがその眼光の鋭さは、芯の強さと気性の激しさを秘めていることを伺わせる。「偉大な父や兄にコンプレックスがある」という設定自体は別に画期的ではなく、よくある孫権のキャラ設定の一つだけど、外見が違うとこうも従来のイメージと変わるものかとびっくりした。だって妙に応援したくなるんだもん、この映画の孫権って。初登場シーンでは孔明にガン飛ばしてて、観客に「俺様キャラか?」と思わせといて、次のシーンでは悩める普通の青年になってる、そのギャップがいい。君主としてナメられまいと、公の場では強がってるんやなーというのが分かって、母性本能くすぐられる。
この絶妙の「ヘタレかわいい」魅力は、脚本もさることながら、演じた俳優の容姿と演技力によるところも大きい。ぶっちゃけ、「父兄コンプレックスで自分に自信が持てず、優柔不断」というこの映画の孫権のキャラを、もし他のモブ顔の、そして演技力に乏しい俳優が演じていたら、さぞかしイライラするような孫権になっていたと思う。ほど良く野性味を秘めた端正な顔立ちで、かつ演技力のある張震(チャン・チェン)が演じたからこそ、観客は悩む孫権に感情移入できたし、葛藤を乗り越えて開戦を決意したシーンには「よっしゃ!」と拍手を送りたくなるのだろう。

「なるべく英雄たちの当時の年齢に合った俳優を起用した」というジョン・ウー監督の試みも、結果的に孫権の個性をより引き立たせている。この映画の主要人物たちの中で、孫権は誰よりも若い。対して、曹操と劉備は明らかにおじさん(むしろ初老)。それは史実なのだから当然で、赤壁の戦い当時、孫権は26才で、かたや曹操と劉備は立派な中年。のはずなのに、これまでの三国志の漫画やアニメでは、曹操と劉備は初登場時から年を取らず、いつまでも若々しく描かれることが多かった。(そして孫権は初登場時からなぜかおじさん顔)。なので読者はともすれば「曹操、劉備、孫権は同世代」と勘違いしがちだったと思う。
だから『レッドクリフ』を見て初めて、「孫権は曹操、劉備より一回り若い」のだと知った人は意外と多いのではないだろうか。ジョン・ウーが登場人物を史実どおりの年齢で再現させたからこそ、「親世代の曹操、劉備と堂々と渡り合う若き君主」という孫権の個性かつ魅力が引き立った……いや、正確にはこの映画では「堂々と渡り合う」までいってないか(笑)。まだ青臭い感じだったし。でも将来は大物になりそう、というスケール感は出てたと思う。

■再評価、きてる?
そういう訳で私はこの映画で初めて「史実通りに若々しい孫権」に出会ったのだが、そうした描き方をしている映像作品は他にもあった。最近は三国志映像化にもリアリズムの流れが来ているのだろうか、この映画とほぼ同時期に作られたドラマシリーズ『三国志 Three Kingdoms』でも、孫権は君主たちの中でダントツで若かった(そしてイケメン)。約10年前に、同じく中国で作られたドラマシリーズ『三国演義』とはえらい違いだ。あのドラマでは孫権役を、曹操役や劉備役と同じく、おじさん俳優が演じていた。なのでドラマの孫権が史実通りに若い、これは画期的な変化だと思う。まあおじさんとはいえ、『三国演義』の孫権はなかなかダンディーで私は好きだが。しかし子どもだった孫権が、再登場したらいきなりおじさんになってるってのはどーよ(笑)。その間の青年時代どこ行った。

実は『三国志 Three Kingdoms』については、私はまだ全作品を視聴していない。だが聞くところによると孫権はなかなか利発、そして腹黒というキャラ設定らしい。
ほー。今度の孫権は腹黒ですか。これまた『蒼天航路』とも『レッドクリフ』とも違うキャラ設定だ。これこそが孫権というキャラの幅広さ。『蒼天航路』に『レッドクリフ』に『三国志 Three Kingdoms』、三作品ともそれぞれ別人のようにキャラが違う。それでいて、「そういう孫権もアリだねえ」と受け入れられる。それも「孫権といえばこういうキャラ」という固定イメージがついていないからこそ。それゆえ作家たちは、「自分なりの孫権像」をいきいきと描くことができるのだ。

……とまとめてみたものの、実は私は『三国志 Three Kingdoms』の孫権だけにはやや違和感がある。それは彼が、「呂蒙を暗殺する」というストーリーになってるらしいから。孫権といえば「家臣思い」というのも魅力の一つと思っているので、その孫権がこともあろうに呂蒙を暗殺はないわー。ありえん。まあ先にも書いたように私はこのドラマシリーズを全て見ていないので、今の段階ではまだ全否定はできないけれど。
だが一つだけ分かることがある。かつて曹操が魯迅の言葉をきっかけに中国で再評価されたように、もしや最近になって孫権の再評価が進んでるのでは……ということだ。特にご当地・中国において。というのも『レッドクリフ』も『三国志 Three Kingdoms』も、孫権役の俳優は、作品中一番と言ってもいいイケメンだった。イケメンに演じさせる=孫権を高く評価してる、と考えるのはさすがに単純すぎるだろうか。でも顔だけじゃなく、扱われ方もけっこういいと思うんだよね。まあ、どちらの作品も脇役には違いないんだけど、過去の作品での孫権の扱われ方からすればかなりマシ。

■「脇役」でこそ輝く?
孫権の再評価といえば、最近は日本でも孫権主役の作品がぽつぽつ出てきてるようで嬉しい。
だがその一つである『みんなの呉』は、ネットで公開されている番外編を読んだ限りでは、私にはどうもイマイチだった。ちゃんと本を買って本編を読みたいという気にならない。なんでや。
もう一つ、『赤壁ストライブ』という漫画も孫権主役のようで、これはまだ未読。だって孫権主役の作品なんて貴重だから、すぐ取り寄せて読む、という行為がもったいなくてできない(笑)。ショートケーキのイチゴを最後にとっておくような感じ? 読むまでのワクワク感をなるべく長く楽しみたいというか。

ただ、思うのは孫権って、単独で主役にすると魅力が半減するタイプのような。単独で主役になるより、「複数いる主役の中の一人」もしくは「重要な脇役」という扱われ方の方が、より孫権の魅力が引き立つと思う。つまり他の人物との対比で、より光る人物だと思うのだ孫権は。『蒼天航路』で私がもっとも孫権が魅力的だと思うシーンが、劉備との問答シーンというのも、それを表していると思う。
ちなみに『レッドクリフ』で私がもっとも好きな孫権のシーンは、彼が刀で机を切り落とした後、その刀を鞘にカシャンと収めて「周瑜!」とええ声で号令するところ。ここは、その直前の虎刈りシーンからの流れが秀逸。「どっちが君主じゃ」ってくらい周瑜からスパルタ教育を受けているヘタレな孫権のシーンが直前にあるからこそ、ようやく覚醒した孫権が、「君主」として威厳を持って周瑜に命令する姿が引き立つのだ。それまで周瑜を兄と慕う「弟」だった孫権が、今度は君主として周瑜に対するっていうね。そのメリハリが素晴らしい。チャン・チェンの威厳のある声もいいし、もちろん演出もいい。派手な合戦シーンばかり取り上げられがちな映画だけど、実は脚本もよく書けてると思う。

願わくば続編として、また同じ俳優を使って他の合戦も映画化してもらいたいな。無理かなあ。でもまた別の作品で、「ほう、こう解釈してきたか」と唸らされるような、斬新で魅力的な孫権に出会えるかもしれないし。先にも書いたように、作家ごとに色んな解釈の孫権像に出会えることが、孫権の魅力でもあるし。まだ私が出会ってない作品もたくさんあるだろうし、これを読んでる方で「この作品の孫権はなかなかいい」ってのがあったら、ぜひ教えてくださいませ。
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皇帝トランプと「ラストエンペラー」
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今、私の手元には、歴代の中国皇帝の肖像画トランプがある。今年のGWの一ヶ月前、唐突に「そうだ中国行こう」と思い立ち、7泊8日の旅行中に買ったのがこのトランプだ。旅行中はずっと北京に滞在し、あちこちの観光地を見て回ったが、その一つ、世界遺産である天壇公園の売店でこのトランプを購入した。
中国に行った理由は、半年前のタイ旅行がきっかけともいえる。あれでアジア旅行のお気軽さを知り、次はベトナムか台湾にでも行こうかなと考えていたところ、「でもアジアならやっぱりまずは中国やん?」と思い立った。

GWの一ヶ月前に行き先を決めたので、そこから慌てて中国の歴史本などを読んで付け焼き刃の知識を身につけた。映画「ラストエンペラー」も、「とりあえず中国行くならコレは見とかな」と、出発の三日前にようやく見た。印象的だったのは、ラストシーン。最後に再登場するコオロギ、あれはやっぱり溥儀をあらわしてるんだと思う。というのも、溥儀が見守る前で守衛の子どもが筒を開けたときは、コオロギは出てこなかった。だが次に子どもが振り返ったとき、溥儀の姿がこつ然と消えていた。あれはやっぱり溥儀の「死」をあらわしているのだろう。その証拠に、溥儀が消えた次の瞬間、コオロギが筒の中からあらわれたのだ。生涯檻の中に閉じ込められ続けた溥儀は、その死によって、ようやく檻から解き放たれた。そのことを、監督はあのコオロギを通して伝えたかったのだと思う。
その後のシーン、観光客を引き連れて大和殿にやってきたガイドが「最後の皇帝は溥儀。3才で即位し、1967年に亡くなった」と説明するシーンも印象に残った。簡潔極まりない人物紹介が、かえって心にしみる。というのも観客はその溥儀の、時代に翻弄された波乱の生涯を映画を通して見てきたわけで、だがその生涯も観光ガイドの口からはたった一言、二言のそっけない説明で終わらせられてしまう。そのギャップが切なく、心に残る。

先に紹介した、中国旅行のみやげであるこのトランプも、そんな切なさを感じさせる。
秦の始皇帝から始まる歴代皇帝たちの肖像画がずらりと並ぶが、最後の溥儀のカードだけは肖像画ではなく、肖像写真だ。また、カードにはそれぞれの皇帝の略歴も肖像画の下に書かれているが、溥儀の写真に添えられた略歴も、映画でガイドが話したのと同じようなものだ。「3才で即位し、1967年に亡くなった最後の皇帝」と。
他の皇帝たちも、それぞれ簡単な略歴が肖像画の下に添えられているが、彼らも皆それぞれに、溥儀と同じようにドラマチックな人生を送ったのだろうということが、この簡潔な略歴から鮮やかに想像できる。
いや皇帝たちだけではない。歴史に名を残さなかった大多数の人たちのそれぞれの人生も、たとえ略歴はそっけなくても、その行間の向こうにその人だけのドラマチックな生涯を想像できるようになった。それが今回の中国旅行で得た、かけがえのないものの一つかもしれない。

でも買ってから分かったことだけどこのトランプ、中国の歴代皇帝が全員載ってるわけではなかったわ。

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アンコールワット貧乏ツアー〈7〉トゥクトゥク大行進
私が参加したツアーには、オプションで「アンコールワットのサンライズ鑑賞」がついていた。
そのオプションに申し込むかどうか、私はシェムリアップに着いてからもまだ決めかねていた。せっかくの機会だから見たいという気持ちはあるものの、早朝5時出発というのがネックだった。
そしていよいよ明日、アンコールワット観光という日。私たちがベンメリア遺跡観光から戻って来ると、ゲストハウスのオーナーがちょうどロビーにいた。彼は私たちを出迎えた後に開口一番、
「明日、アンコールのサンライズ見に行きますか?」
私は「はい」と即答した。ベンメリア遺跡の予想以上の素晴らしさにテンションが上がっていたからだ。
今思うと、あれはオーナーの常套手段なのかも。ベンメリア遺跡から戻ってきたお客を待ち構えて、お客の感動がさめやらぬうちに「サンライズ鑑賞ツアー」に誘うのだ。
だがもしそうだったとしても、その手口にまんまとひっかかって良かったと思っている。アンコールワットのサンライズは、その待ち時間も含めて、忘れられない体験になった。
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ゲストハウスで購入したサンライズチケット。
「運転手に朝日チケット見せてください。朝日チケットがなかったら出発できない」という微妙にカタコトの日本語が面白い。



翌朝、目覚まし時計かわりに使っている携帯のアラームに、4時半に起こされる。もちろん窓の外はまだ真っ暗。
一階のロビーに降りると、5時の出発に合わせて、他の部屋からもぞろぞろと人が集まってきた。私と同じツアーの幸恵さん、ナオヤ君の他に、昨日このゲストハウスに着いた、私たちとは別の日本人ツアー一行もいる。ぱっと見、みんな若い。後から話すと、そのうち一人はタイに留学中の学生だった。

人数が揃ったところで、トゥクトゥクに乗って出発。暗い夜道を走っていると、やがてあちこちから観光客を乗せたトゥクトゥクが合流してきて、道を走っているのはトゥクトゥクだらけという状態になった。この時間帯にこの道を走っているのは、アンコールワットの日の出を見に行く観光客だけ、ということなのだろう。

20分ほど走ったところで、アンコールワットの入場ゲートに着いたらしく、トゥクトゥクから降りる。すでに周りは観光客でいっぱいで、チケット売場にはすでに行列が出できている。
この売場に並んで一日チケットを買う。今日中ならば何度出入りしてもOKなので、早朝に日の出を見た後、いったんホテルに戻り、また10時頃に再びアンコールワットを鑑賞するというスケジュールが組める。
私の参加したツアーもそのスケジュールだったが、その経験からいうと、早朝にアンコールワットの日の出を見た後、そのまままだ涼しいうちにアンコールワットを観光した方がいい。昼前の観光はとにかく暑い。私はツアーなので仕方なかったけれど、フリーでアンコールワットを観光する人は早朝の日の出を見た後、涼しいうちにそのまま神殿内を観光することをおすすめしたい。

さて私が参加したオプションの「サンライズ鑑賞」ツアーだが、ツアーといってもガイドが日の出鑑賞ポイントまで連れて行ってくれる訳ではなかった。トゥクトゥクに乗って連れてきてくれるのは入場ゲートまで。後は自分たちだけで、暗闇の中を日の出鑑賞ポイントまで行かなければならない。幸いナオヤ君が懐中電灯を持っていたので、それを頼りにぞろぞろと周りの人の流れについて行く。するとやがて目の前に、スナック菓子の「とんがりコーン」のようなシルエットが浮かび上がった。
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今まで何度となく写真で見てきたシルエットだが、いざこうして目の前にあらわれると圧倒される。
これから日の出を待つわけだが、鑑賞するベストポジションを探してうろうろしつつ、ふと振り返ると池の向こうに、場所取りしている人の群れがぎっしりと。
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思わず「ここはディズニーランドか?  これからエレクトリカルパレードが始まるのか?」と錯覚しそうになった。エレクトリカルパレードと違うのは、日本人だけではなく世界中から、たくさんの人種が集まっていること。特に白人が多かった。かたや、カンボジア人らしき人はあまり観光客の中には見かけず。カンボジア人はもっぱら物売りで活躍(?)していた。

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こちらもその「物売り」の一人、カンボジア伝統の影絵を実演販売していたおじさん。
他にも服や雑貨を売り歩いている女性があちこちにいて、日の出を待っている観光客にさかんに話しかけていた。ここでは他の観光地のように観光客が歩き回らず、ひたすら日の出を待っているので、商売しやすいのだろう。
そうこうしているうちに、東の空が次第に白ずんできた。
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あいにく雲がたちこめていて、きれいな初日の出は拝めそうにない。だがこの雲すらも、とんがりコーンのバックにあるとドラマチックな風景に変わる。

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たれこめていた雲が、昇ろうとする太陽に照らされて赤々と輝き始めた。このあたりから、みんないっせいにカメラをかまえて撮影ラッシュが始まる。
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茜色に染まる空と
とんがりコーン。私はただうっとりと眺めていたけれど、実はちょうどこのとき、インドネシエアアジア8501便が、同じ東南アジアの空の向こうで墜落していたのだった。(この日は2014年12月28日
そんな惨事が空の向こうで起こっているとはつゆ知らず、私を含めた大勢の人はアンコールワットのサンライズに見惚れていた。

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刻一刻と色を変える空。ずっと見ていても飽きない。じわじわと
空の左下が明るくなってきて、「いよいよ太陽が顔を見せる」という期待が群衆の間に高まる。

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だが期待に反して、太陽は雲に隠れてなかなか顔を見せない。そうしているうちに
空はすっかり明るくなった。まわりの観光客たちはぞろぞろと帰って行くし、私ももうこれで充分と、来た道を戻り始めた。

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すると突然、雲が途切れて、そのすきまから太陽が顔をのぞかせた。
突然の強い光に、帰りかけていた観光客たちがいっせいに振り返る。
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一度は明るくなっていた空が、このとき再び暗くなり、そのためよけいに太陽が
放つ圧倒的な光が引き立った。まだ暗いうちに早起きした甲斐がある、ドラマチックな光のショーだった。
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アンコールワット貧乏ツアー〈6〉気分はインディー・ジョーンズ
私が巨大アリを観察している間にようやく全員の準備が整ったらしく、ガイドのサオムさんから「行きましょう」の声が。彼の後に続いて、いよいよベンメリア遺跡に向かう。

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何百年も昔のものであろう石畳の道が、訪れる人を遺跡へといざなう。
手前でバイクに乗っているのはトゥクトゥクの運転手。この遺跡の入口でずっとこうして、乗せてきたお客が帰ってくるのを待っているのだろうか? そんなことはないと思うけれど、いかにも「暇だな」と言いたげな気怠い表情をしていた。

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石畳の途中に、遺跡の入場チケットにも印刷されている蛇神「ナーガ」の像が。
ナーガといえば私が待ち合わせ場所にした「ナーガの噴水」。もう水が出ないので、地元の人には噴水とは認識されてなかったけれど。
こちらの、ベンメリア遺跡のナーガは保存状態がいいことで有名らしく、誰もが立ち止まってしげしげと鑑賞していた。
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ご覧のように左端の蛇の頭と胴体がなくなっているけれど、それ以外はほぼ完璧な形で残っている。何百年もの間、雨風にさらされてきたとは思えないほどだ。

ナーガ像を通り過ぎてほどなく、目の前に廃墟となったかつての神殿があらわれた。
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ツアーの解説には「『天空の城ラピュタ』の原型になったともいわれている」とか書いてあったけど、私はラピュタを遥か昔に一度見たきりなので、こんな神殿が登場したのか全く思い出せず。
それより足場の悪い神殿内を進みながら、私が連想していたのはインディー・ジョーンズ。深い森の中にひっそり眠っていた遺跡を発見し、探検している考古学者の気分になった。
つまり、すごく楽しかった!ってこと。崩れた石の上を滑らないよう、石を選びながら歩いたり、壁によじのぼったりするのはワクワクする。
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上の写真、ロープのように見えるのは木のツル。この神殿は木やコケなどの自然に、文字通り「食われて」いた。
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垂れ下がった木の枝に座り、写真を撮ってもらっていたお兄さん。

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他の観光客は誰も立ち入らない、「立ち入り禁止」のような区域にもどんどん入って、写真を撮っていたお二人さん。
男性2人組なんだけど、一人はカメラマン役に徹していたので、観光ではなく、何かの撮影だったのかも。
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熱帯樹が、神殿の壁や屋根をつきやぶって葉を茂らせている。自然の生命力の凄さをまざまざと見せつけられる。
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木々の緑と、白くなった壁のコントラストが美しい。
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右上にあるのは、観光客用の通路。

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崩れないよう、木で補強している。神殿を食いつぶそうとしている木もあれば、神殿を守ろうとしている木もあり。

神殿を出ると突然、雨が降ってきたので、近くの屋根付きの休憩所に走って雨宿り。雨はすぐにやんだけど、神殿内を探検している途中で降らなくてよかった。
だが雨上がり、雫に濡れて輝く神殿もきっと美しかっただろうと思うと、神殿の中にいる時に雨が降ってもよかったかなと、帰国した今になって思う。
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